あの主人公が、実は別のキャラクターになるはずだった──。人気漫画の裏側には、読者が知らない「もう一つの物語」が存在します。初期設定が公開されるたびに話題を呼ぶ4つのジャンプ作品を振り返ると、ヒットの裏に隠された驚きのエピソードが浮かび上がってきます。
◆炭治郎の初期設定はモブキャラだった──『鬼滅の刃』
『鬼滅の刃』のプロトタイプにあたる『過狩り狩り』と『鬼殺の流』の主人公は、目が見えず片腕がなく、両足が義足という設定の少年でした。あまりにも重い設定であることに加え、流(ナガレ)というキャラクターは無口な性格だったため、モブキャラとして登場していた炭治郎が主人公に昇格することになります。
『過狩り狩り』が連載会議で落選した際、当時の担当編集・片山氏が「明るくて普通のキャラクターはいませんか?」と提案したことが転機でした。あの一言がなければ、炭治郎が主役を務めることも、『鬼滅の刃』が世に出ることもなかったかもしれません。
さらに、『鬼滅の刃』の象徴ともいえる「呼吸」の初期設定は「鱗滝式呼吸術」という名称だったとされています。吾峠先生はカッコいいと自信を持っていたようですが、結果的に却下されて現在の形に落ち着いたことは、作品にとって正解だったといえるでしょう。
◆初期設定の苦労が消し飛んだ土方キャラ──『銀魂』
『銀魂』のプロトタイプの一つ『初期設定・銀魂』では、主人公は土方でした。しかし空知英秋先生が土方歳三を敬愛するあまり、史実のイメージを壊すことができず、キャラクター作りがなかなか進まなかったそうです。その結果、主人公は坂田銀時へと変更されました。
この変更によって主人公のキャラクターが絶妙に破天荒になり、ギャグのキレが際立つ作品へと仕上がりました。モデルとなった坂田金時の存在に、感謝を伝えたくなるほどです。もし土方が主人公のままだったなら、もっと落ち着いたトーンの作品になっていた可能性があります。
なお、作中に登場する土方十四郎は重度のマヨラーとして知られ、マヨネーズをたっぷりかけたご飯は「土方スペシャル」と呼ばれるほどです。さらに妖刀「村麻紗」の影響で第2人格・トッシーが宿ることに。トッシーはオタク趣味のヒキニートで、語尾に「ございます」をつけ「プークスクス」と笑うキャラクター。初期設定では史実の土方像を崩せずにいたにもかかわらず、最終的には壊れすぎるほどに振り切れた仕上がりになっています。
また、周囲がおっさんばかりという理由から、沖田の初期設定は女性でした。容姿は寺門通をそのままに、武器は傘という設定です。坂田銀時が主人公になったことで女性キャラとして神楽が誕生し、傘という武器の設定はそのまま受け継がれたようです。
◆初期設定のサンジを襲った思いがけない事態──『ONE PIECE』
『ONE PIECE magazine』やファンブック『ONE PIECE GREEN SECRET PIECES』に収録された尾田栄一郎先生による初期設定資料によれば、麦わらの一味の舵取りには当初ジンベエが、狙撃手には黒ひげに似たキャラクターが配置されていました。チョッパーはシマシマ模様のやさぐれたキャラクターとして描かれており、現在のようなマスコット的なかわいらしさは存在しません。
初期デザインのチョッパーのままだったとしたら、現在ほどの人気を得ることはなかったかもしれません。狙撃手も黒ひげ系のキャラクターではおっさん成分が強くなりすぎるところを、ウソップの存在がうまくバランスをとっているといえます。
さらにナミは大きな斧を手にした戦闘員として設定されており、船大工は2頭身のとっつぁん坊やタイプで、フランキーの姿はありませんでした。連載開始の2年前に作成された初期設定ということもあって変更点は多いですが、この段階ですでに構想がかなり固まっていたことが伝わってきます。
連載前の後期構想ではロビンとフランキーらしきキャラクターが登場しており、海軍大将もマリンフォード頂上戦争前の三大将とは異なり、赤犬・金獅子・仏なる人物として設定されていました。クザンはCP9として描かれていたとのことです。最終的に金獅子のシキは伝説の大海賊となり、海軍大将は黄猿・青キジ・赤犬の3人に落ち着きます。
そして連載開始に向けて、一つの予期せぬ出来事が起きました。渦巻きマユゲが特徴のあのキャラクター、サンジの名前はもともと「ナルト」でしたが、『週刊少年ジャンプ』で『NARUTO -ナルト-』の連載がスタートしたため、名前の重複を避けて「3時のおやつ」にちなんだサンジへと改名されました。
尾田先生によれば、当初『ONE PIECE』は5年で完結する予定だったとのことです。連載が長期化してもストーリーに緻密さが感じられるのは、初期設定に十分な時間をかけて練り込んでいるからこそではないでしょうか。
◆忍ではなくラーメン漫画だった──『NARUTO -ナルト-』
岸本斉史先生はもともとラーメン漫画を構想していたとされており、その設定の一部を引き継ぐ形で『NARUTO -ナルト-』が誕生しました。しかし当初の構想では、主人公ナルトの正体は狐、火影や師匠キャラたちも動物という設定だったそうです。
ナルトという名前やラーメン好きという設定はラーメン漫画時代の名残であり、作中には一楽というラーメン屋も登場します。また、『増刊赤マルジャンプ』掲載のプロトタイプ読切『NARUTO』では、ナルトは九尾が封印された人柱力という設定ではなく、九尾の子供という位置づけでした。ナルトのほおにある狐のヒゲのような模様も、その名残と考えられています。
当時の担当編集・矢作氏のアドバイスによって、狐のままでは読者が感情移入しにくいという理由から少年へと変更されました。なお、白の初期設定はクマだったとされており、動物キャラが多すぎて忍の里というより動物園のような様相だったようです。『ジャンプ』には動物漫画のヒット作もありますが、『NARUTO -ナルト-』のストーリー構成を考えると、主人公を少年にしたことは正解だったといえるでしょう。
さらにカカシ先生の初期設定での名前はエノキで、語尾は「ございます」だったとのことです。忍者といえば「ございます」が定番ではありますが、カカシ先生のセリフにそれがつくとどこか締まらない印象もあり、現在の話し方に落ち着いたのは自然な流れといえます。
──多くの読者を惹きつける人気漫画も、連載前には数え切れないほどの試行錯誤があったことがうかがえます。ヒットの裏には、的確なアドバイスを送る編集者の力も大きく働いているといえるでしょう。
完成した連載作品を見ると漫画家の天才性に目が向きがちですが、その背景には並外れた努力と、何度ボツになっても立ち上がる不屈の精神があることを、初期設定の数々は静かに物語っています。
〈文/相模玲司〉
《相模玲司》
大学卒業後、編集プロダクションに入社。メンズファッショ誌の編集に従事したのち、フリーランスの編集・ライターとして独立。アニメ・漫画関連のムック本の制作や、週刊誌のWeb版でアイドルの取材記事やサブカルチャー記事の作成に携わる。
※サムネイル画像:Amazonより 『「鬼滅の刃」第1巻(出版社:集英社)』


