名前が変わると、人生も変わる──。それは漫画の世界でも同じです。人気漫画に登場する一部のキャラクターは、作中で改名を経験し、その後の運命が大きく動いています。ドタバタ劇の果てに宝くじを当てた派出所勤務の男、人間だった頃の記憶を取り戻した異形の兵士、そして古代兵器の秘密を守るために本名を捨てた船大工。それぞれの改名には、笑えるものから切ないものまで、濃密なドラマが詰まっています。
◆改名した途端に宝くじ3000万円当選──『こち亀』寺井洋一の数奇な運命
『こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)』に登場する寺井洋一は、連載初期から亀有公園前派出所に勤める脇役として長らく親しまれてきました。しかし原作漫画1603話「改名くん」の回で、その名前が思わぬ形で変わってしまいます。
きっかけは、運の悪さに悩む後輩・法条正義に対して両津勘吉が提案した「改名」でした。両津が持ち込んだのは、生年月日などを入力すると最適な名前を自動で算出する「改名くん」なる機械。そこへタイミングよく出勤してきた寺井も巻き込まれ、機械が導き出した名前は「丸井ヤング館」というあまりにも珍妙なものでした。
「一回限りの笑い話で終わるはず」という読者の予想を裏切り、両津は区役所で正式な手続きを済ませてしまいます。こうして寺井は本当に「丸井ヤング館」へと改名することになりました。
長年「寺井」として親しまれてきたためか、新しい名前はなかなか周囲に浸透しませんでした。それでも改名後の運気は劇的に上昇し、宝くじで3000万円を獲得。さらに自宅の土地が大手企業に高額で買い取られ、港区に一戸建てを購入するほどの幸運が続きました。名前一つがもたらした人生の転換は、まさに劇的といえるでしょう。
◆前世の記憶が蘇り、別の名前を名乗り始めた──『HUNTER×HUNTER』のハギャ
『HUNTER×HUNTER』のキメラ=アント編に登場する師団長・ハギャは、物語の途中から「レオル」と名乗るようになります。その背景には、キメラ=アントという種族特有の事情がありました。
キメラ=アントの兵隊は、女王蟻の「摂食交配」によって生み出されます。この仕組みでは捕食した生物の外見や能力が次世代に受け継がれるため、ライオンに似た容姿を持ちながら人語を操るハギャは、元は人間だったことを示しています。さらに「摂食交配」には、前世の記憶が引き継がれるケースもあります。
ハギャが突然「レオル」と名乗り始めた様子から、彼は徐々に人間だった頃の記憶を取り戻したタイプだったと考えられます。かつての名前を思い出した彼は、キメラ=アントとして与えられた名を捨て、「レオル」として戦いに臨みました。
キメラ=アント編には、ハギャ以外にも過去の記憶を取り戻し、生前の名前で生きるようになったキャラクターが複数登場します。人間としての記憶と、異形の存在としての現在──その狭間に生きる彼らの姿が、この編の重厚さを際立たせています。
◆秘密を守るため本名を封印──『ONE PIECE』フランキーが「カティ・フラム」を捨てた理由
麦わらの一味の船大工フランキーには、「カティ・フラム」という本名があります。「フランキー」はトムズワーカーズ時代に兄弟子のアイスバーグが付けた愛称でしたが、あるきっかけによって正式な名前として定着することになりました。
その経緯は、原作第358話「復活」(ウォーターセブン編)で明かされています。
三つの古代兵器のひとつ「プルトン」の設計図を受け継いでいたアイスバーグは、フランキーへと設計図を託す際にこう告げます。「この先カティ・フラムの名前は捨てろ」「トムズワーカーズのカティ・フラムは死んだ、お前がそれを名乗らない限り俺とお前がつながる事はない」と。設計図の存在を闇に葬るため、本名そのものを消し去ることを求めたのです。
さらに、フランキーはアイスバーグと再会する約4年前にトムが建造した海列車に轢かれており、政府からは既に死亡したとみなされていました。「カティ・フラム」としての死と、師匠の言葉──この二つが重なり、フランキーは本名を永遠に封印する決断を下したのです。
──ハギャやフランキーのように、改名の背景を知ることでキャラクターへの理解が深まることがあります。寺井の場合は両津の悪ふざけという笑えるきっかけでしたが、それでも改名が人生を変えるほどの影響を与えました。名前とは、たんなる呼び名ではなく、その人物の歩みそのものと結びついているのかもしれません。
〈文/士隠カンナ〉
《士隠カンナ》
1990年〜2000年代に放送されたアニメに中学・高校の頃にどっぷりとハマり、その後フリー編集・ライターに。主にアニメ・漫画のムック本のブックライターとして活動中。最近のマイブームはもっぱら『ちいかわ』。
※サムネイル画像:Amazonより 『「こちら葛飾区亀有公園前派出所」第80巻(出版社:集英社)』

