※この記事にはTVアニメ・漫画『北斗の拳』のネタバレが含まれます。ご注意ください。
※本記事はTVアニメ・漫画『北斗の拳』に関するライター個人の考察・見解に基づくものであり、公式の設定や見解とは異なる場合があります。
拳王ラオウは、力で世紀末をねじ伏せた絶対的な覇者として語られます。しかし作中をあらためて見ると、勝てるか分からない相手には自ら踏み込まず、恋にも不器用だった一面が見えてきます。圧倒的な強さの裏にあった、ラオウの意外な慎重さを振り返ります。
◆サウザーとの直接対決を避けた理由
ラオウの慎重さがもっとも分かりやすく表れているのが、聖帝サウザーへの対応です。南斗鳳凰拳の使い手であるサウザーは、「北斗神拳では倒せない」と言われた強敵でした。作中でも、拳王ですら戦いを避けた男として語られています。
世紀末覇者を名乗るラオウなら、サウザーの存在を放置する方が不自然に見えます。ところが、ラオウは真正面から戦うのではなく、サウザーの秘密を探る方向へ動きました。ケンシロウがサウザーに敗れたあとも、弟を気遣う兄としてではなく、「サウザーの謎を解くため」の存在として利用しようとしています。
この行動は、臆病といえば臆病です。ただし、無謀に突っ込むのではなく、勝てる材料がそろうまで待つ判断でもあります。拳王という肩書に反して、ラオウは勝負勘だけで突き進む人物ではなかったのでしょう。強いからこそ、敗北の危険を誰よりも理解していたのかもしれません。
◆ケンシロウとの初戦後に見えた現実的な判断
ケンシロウとの初戦後の振る舞いにも、ラオウの本質がにじみます。激戦の末、ラオウはケンシロウに深手を負わせた一方で、自身も決して無傷ではありませんでした。トキに引くよう促されると、怒りに任せて再戦を続けるのではなく、言葉を残してその場を去っています。
さらにその後、リュウガが褒美としてケンシロウとの対決を望んだ際、ラオウは最終的にそれを認めました。宿命の相手を部下に預けるような判断は、拳王らしくないようにも見えます。
もちろん、ケンシロウがリュウガに敗れるようなら自分が再戦する価値はない、という力量を測る意味もあったはずです。それでも、ラオウが常に正面突破だけを選ぶ男ではなかったことは確かです。彼は感情で動く覇者であると同時に、勝ち筋を探る支配者でもありました。
◆ユリアへの想いにもあった奥手な一面
ラオウの意外な慎重さは、戦いだけでなく恋にも表れています。少年時代のラオウは、ユリアに傷を拭ってもらったことで彼女へ特別な感情を抱くようになりました。しかし、ユリアはケンシロウと結ばれます。ラオウはその想いを表に出せないまま、長い時間を過ごしました。
世紀末覇者となったあと、ユリアが南斗最後の将として生きていると知ると、ラオウはようやく彼女を迎えに行こうとします。強者となった自分なら、今度こそユリアにふさわしいと考えたのかもしれません。
見方を変えれば、ラオウは若いころから何でも力で奪える男だったわけではありません。むしろ、自信が固まるまで動けなかった奥手な人物にも見えます。ケンシロウの方が恋愛においてはよほど素直で、行動も早かったといえるでしょう。
◆拳王という鎧をまとった孤独な男
ラオウは、誰よりも大きく見える存在であろうとしました。拳王、世紀末覇者、天を握る男。そうした肩書は、彼自身が自分を奮い立たせるための鎧でもあったのではないでしょうか。
サウザーを避けたこと、ケンシロウとの再戦をすぐには選ばなかったこと、ユリアへの想いを長く胸にしまっていたこと。どれも単純に「弱い」と断じるものではありません。むしろ、ラオウが自分の恐れや迷いを知りながら、それを力で覆い隠そうとしていた証にも見えます。
だからこそ、トキが語った「やつもまた孤独」という言葉は重く響きます。ラオウは豪胆な覇者であると同時に、誰にも弱さを見せられなかった男でした。拳王の強さは、臆病さを持たなかったからではなく、その臆病さを力で塗りつぶそうとしたところにあったのかもしれません。
〈文/最上明夫 編集/相模玲司〉
※サムネイル画像:Amazonより 『「北斗の拳 究極版」第10巻(出版社:コアミックス)』

