日本中にバスケットボールブームを巻き起こし、今なお色褪せない名作として語り継がれる『SLAM DUNK』。しかし、連載が開始された1990年代当時、バスケットボールを題材にすることは漫画業界において決して歓迎されるものではなかったといいます。
◆連載前は「コケるのを覚悟しろ?」 バスケ漫画という挑戦
その事実は、コミックス第31巻(最終巻)に収録された「あとがき」にて、井上雄彦先生自身の言葉で語られています。インタビューや手紙で頻繁に寄せられた「なぜバスケットボールを題材にしたのか?」という質問に対し、井上先生は当時のリアルな状況を振り返っています。
連載が始まった1990年代当時、日本におけるバスケットボールの人気はまだメジャーとは言い難く、漫画の題材としても成功例が少ない「不毛の地」でした。実際に、連載前のネームを作成していた段階でも、編集者から「バスケットボールはこの世界では一つのタブーとされている」と何度も忠告されたそうです。これはつまり、「バスケ漫画はヒットしないから、コケるのを覚悟しろ」という厳しい現実を突きつける言葉でした。
しかし、それでも井上先生にとって、バスケットボールを描くことは何よりも自然な選択でした。なぜなら、自身が高校時代にもっとも情熱を注ぎ、心を燃やしたのがバスケだったからです。デビュー作も、新人賞に応募した作品も、そして19歳のときに初めて描き上げた投稿作も、すべて題材はバスケットボールでした。
「バスケとの出会いがなければ、はたして漫画家になっていたかどうか分からない」。そう語るほど、この競技は井上先生の創作の原点であり、魂そのものだったといえます。
流行や市場の「売れる・売れない」という判断基準ではなく、「自分が一番好きなものを描く」というシンプルな情熱。周囲からタブーとされようとも、その熱量を信じて貫いた結果、『SLAM DUNK』はバスケ漫画の金字塔となり、日本のスポーツ文化そのものを変えるほどの社会現象を巻き起こしました。
読者から届く「この漫画を読んでバスケが好きになった」という手紙に、井上先生自身も何度も勇気づけられたといいます。作者の情熱が作品に宿り、それが読者の心を動かし、さらに作者へのエネルギーとなって還ってくる。その美しい循環こそが、『SLAM DUNK』という奇跡を生んだ最大の理由なのかもしれません。
──『SLAM DUNK』は、市場的には“タブー”とされた題材を、作者自身の情熱だけを信じて描き切った作品でした。流行や前例ではなく、「自分が一番燃えられるもの」を選んだ決断こそが、結果的に日本のバスケットボール人気そのものを押し上げる原動力になったのではないでしょうか。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『「PLUS/SLAM DUNK ILLUSTRATIONS 2」(出版社:集英社)』



