映画 『ゆるキャン△』(2022)は、今の時代の「労働の在り方」を見つめ直すのに最適なアニメ映画です。
この映画には、労働の秘訣がたくさん詰まっていながらも、実は、給料などの「報酬」についての情報が描かれていません。
ネジムラ89(アニメ映画ライター)
アニメ映画ライター。『FILMAGA』、『めるも』、『リアルサウンド映画部』、『映画ひとっとび』など現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。映画『ミューン 月の守護者の伝説』・映画『ユニコーン・ウォーズ』のパンフレットにコラムを寄稿するなどしている。noteでは『アニメ映画ラブレターマガジン』を配信中。
林星来(ファイナンシャルプランナー)
FP2級資格保有ライター。葬儀会社やベンチャー企業での社会経験を生かし、さまざまなマネー・ビジネス系メディアで執筆。
◆本格お仕事アニメ?問題が起きたときの打開策などが描かれている
映画 『ゆるキャン△』では、社会人になった各務原なでしこたちが、キャンプ場作りに取り組む様子を描いており、プロジェクトの進め方などの参考に役立つ場面もたびたび登場しています。
主人公の各務原なでしこはアウトドア洋品店の店員、志摩リンは出版社の編集、大垣千秋は山梨県の観光推進機構、犬山あおいは小学校の教員、斎藤恵那はペットサロンのトリマーへと就職。
大人になった彼女たちは、日本の各地でバラバラに生活をしていましたが、千秋が数年前に閉鎖された施設をキャンプ場として再開発する計画を発足したため、彼女たちは再び集結。キャンプ場を作り上げていくことになります。
キャンプ場を作っていくうえで、土地の開発や設備の準備などさまざまな壁にぶつかっていくなでしこたちですが、地元の人たちの協力を得たり、実際にキャンプをしてみて課題を発見したりと協力や工夫、そして対話を経て乗り越えていきます。
それぞれが本職を持つかたわらで、このプロジェクトに取り組んでおり、時にはその職業で得た知見や物資がキャンプ場の開発に活きてくる瞬間なども見られます。
仕事における難しい状況をいかに打破するか、というアイデアなども劇中では見られ、仕事で壁にぶつかった際、この映画を参考にしてみると解決の糸口がひらめくかもしれません。
◆報酬に関しては「うやむや」にされている?
困難なプロジェクトを円滑に進める方法が描かれている一方、この映画では、なでしこたちがキャンプ場の開発に取り組んだ分の報酬に関しての描写がないです。
ボランティアの必要性や資金繰りについては作中で言及されている一方、これだけ労働しているなでしこたちに報酬は支払われているのか? メンバーによってはキャンプ場を作ろうとしている山梨まで距離があるけど交通費とかどうしているのか? といった経済的な負担についてははっきりと描かれていません。
そんな中で精神的な部分での労働の意義は説かれていくので、各メンバーに本業がありながら、休日を返上してキャンプ場の開発に取り組む様子は、少しいじわるな見方をすると「やりがい搾取」のように映ってしまってもおかしくないでしょう。
たとえ、しっかりと報酬が与えられていたとしても、そもそもあおいに関しては教員という公務員職についているので、どのような業務形態でこのプロジェクトに携わっているのかという別の問題も否めません。
しかし、経済的な負担の具体的な描写はなくとも、キャンプ場開発のための“時間的な負担”や“体力的な負担”については、志摩リンのエピソードでそれとなく触れられています。
キャンプ場の開発に取り組むリンの業務を、本人が知らないうちに上司がサポートしてくれていたことが途中で判明。それを知ったリンは一度本職の編集者としての業務に注力し、自主的とはいえ、時には会社で夜を明かすまで働いてしまうという描写が登場しています。
この場面からも、キャンプ場の開発がそれなりに負担の多い取り組みで両立が大変だったことが分かります。
やりがい搾取とも言えなくもない状況下で、なでしこたちが働けたのは、やはりキャンプが好きだったからではないでしょうか。よって、彼女たちにとって報酬は二の次だったと考えられます。
報酬のことを気にしないというボランティア的な考え方は、本業やプライベートが充実しているからこそ生まれる考え方で、そうでなければ心にも金銭的にもそんな余裕は生まれないでしょう。
多くの人が、なでしこたちのように、恵まれた環境でプライベートや仕事時間を過ごしているわけではありません。
自分の好きなことだから報酬は二の次という考え方は果たして、順当な考え方なのでしょうか?
◆いいように使われていいの?趣味でお金を稼ぐのは難しいこと
映画 『ゆるキャン△』の描いている「労働」は、かなり特殊なものだったということは忘れてはいけません。
前述しましたが、なでしこたちはキャンプに対する「好き」という気持ちの動力源があるからこそ、休日に別の仕事をやれるような心の余裕があったともいえます。
彼女たちがやってきたことは「労働」ですが、当人たちにとっては「趣味」に近い感覚だったのかもしれません。
また、現実では誰しもが、休日に別の労働に取り組むような余裕があるわけでもなく、そもそもの休日が限られているケースもざらであり、このキャンプ場の開発が一時的なものであることも忘れてはいけないでしょう。
企業などに就職して取り組む例とは違い、なでしこたちには次のキャンプ場開発の現場があるわけではありません。
そもそもなでしこたちの作り上げたキャンプ場がどういう運営設計になっているかも描かれておらず、実は開発してからの「後の話」についてはかなりうやむやになっています。
そもそも「好き」を仕事にしている人ばかりではありません。好きなことだからこそ、仕事からは切り離すという考え方の人ももちろんいるでしょう。
なでしこたちは本業があって、休日にキャンプ場作りをしています。いってしまえば、キャンプ場の開発は副業のようなものです。
自分の好きなことで副業ができるというのも恵まれているといえますが、その報酬実態は劇中で明かされていないのが気になるところ。
また、なでしこたちがその気でないにしても、キャンプ場の再開発が本業になっておらず、副業の域を超えていないというところも、この映画で注目すべき点です。
もし、キャンプ場の開発が本業の収入を上回っていたとすれば、なでしこたちは、もしかしたら本業をやめ、こちらで独立を考えるかもしれません。
それができていないからこそ、本業はやめられず、休日を使ってキャンプ場の開発を行っていたという見方もできます。
また、彼女たちがボランティアでキャンプ場の開発をしていたとすれば、劇中ではボランティアにしては割に合わない描写があります。「好きだから」の一言では片付けられないのも、この映画で注目すべき点の一つでしょう。
たとえば、ある動画配信者が好きだったとします。その配信者のことが好きだから動画を無償で作ってあげるといったケースが現代ではよく見られます。
動画を作るのは、業者に頼めばそれなりの値段がします。それなのに「好き」という理由だけで、お金をもらわずに動画配信者に貢献していいものなのでしょうか。
どんなに好きであっても、貴重な自分の時間をその配信者のために使うということは、うまく使役されていることと同じことなので、一度立ち止まって自分の行為が正当なのか考える必要があるかもしれません。
このように、なでしこたちも、もしボランティアでキャンプ場の開発をしていたとしたら、キャンプ場のオーナーにうまく使われていたということで、本当に得をするのは、キャンプ場にお客さんを呼び込むオーナーということになります。
──映画 『ゆるキャン△』は労働の秘訣がたくさん詰まった映画なのは間違いないでしょう。壁にぶつかったときに、たとえばどう解決していけばいいのかということや、そもそも労働とは何かを問いかける映画として見事に仕上がっているのは事実です。
この映画では、なでしこたちが労働者なのか、ボランティアなのかがはっきりと描かれていないからこそ、彼女たちの活躍を見て爽快感が味わえるといえます。
働く者も働かせる者もこの映画を観て忘れてはいけないのは、現実ではしっかりと労働に対して相応の「報酬」が必要であること。
映画だったからこそ、労働の対価について見ないふりはできたかもしれませんが、現実で見ないふりを続けていては、給料据え置き物価の高騰に振り回されるだけではないでしょうか。
文/ネジムラ89
編集/水野高輝(マネーメディア コンテンツディレクター)
監修/林星来(ファイナンシャルプランナー)
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi
