違法営業の風俗店が建ち並び、住人のほとんどがヤクザやチンピラや風俗店で働く人という治安の甚だ悪い“森の端”という場所で母親と暮らしていた一ノ瀬海。この一ノ瀬海は半端ないピアノの天才で、最終的にはショパンコンクールで優勝しピアニストになるのだが、その発端になるのは森に捨てられていたピアノの音が出せたことによる。
森のピアノはボロピアノ
森の中に捨てられていたピアノは交通事故で左手に怪我をした為ピアニスト生命を絶たれて、後に海のピアノの師となる阿字野壮介が捨てた特注ピアノである。ボディをはじめ多くが木製、弦やフレームは金属、ハンマーはフェルトのピアノにとって湿度と乾燥は大敵だ。阿字野の捨てたピアノは海が幼児期から小学5年生になるまでおもちゃ代わりに弾いていたのだから、少なくとも10年湿度の高い森の中にあった。その間、一度も調律や整調をしていない。
よって、森の中にあったピアノは弦が錆びハンマーがカチカチに固くなっていたはず、つまり天才の海でも音は出せない壊れたピアノに成り果てていたと思う。
森のピアノはボロピアノ……と言ったら、海は、「ボロじゃない! ピアノに謝れ!!」と怒るだろうなぁ……。
強いタッチで音を出せたのかもしれないが、それだけじゃ…
誰が弾いても持ち主だった阿字野でさえ弾けなくなっていたボロピアノをなぜ海だけが弾けたのだろうか? 海は段々と音が出にくくなるピアノ、それも阿字野の注文で鍵盤が通常より重く作られたそれを弾き続けていたので、タッチが強かったに違いない。それでかろうじて音は出せたと考えられる。
海はこの強いタッチのせいで森のピアノ以外のピアノを弾きこなせない。ピアノ演奏は指や腕の力が強ければ良いわけではない。モチロン指先の力や関節の支えはしっかりしているのが基本である。この基本は習得し易い。難しいのは脱力である。こちらの方は手首、腕などの力をコントロールしなくてはならないので極めて難しい。
♪子犬のワルツ♪が弾きたい!初めてショパンに出会った海
海が阿字野の弾くショパンの♪子犬のワルツ♪をいつもの様に頭で分かっていても弾きこなせなかった原因のひとつは脱力を知らなかったこと。
海は♪子犬のワルツ♪を弾きたくて阿字野にピアノを習うことになる。ドミファソラソファミ レファソラシラソファ……延々と指練習を阿字野の指示でするのだが、ここで筆者はハノン教則本の1番のみ弾き続けるだけでショパンが弾けちゃうのですかねぇと突っ込みがいれたくなった(笑)。まっ、そこは海は類を見ないピアノの天才、阿字野が稀世の指導者ということで納得しよう(笑)。
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海のピアノは音が出ていないのに聴こえる?
さて、森のピアノを海だけが弾けることに話を戻そう。海は確かに力任せで音を出せたかもしれないが、どんな事をしても音が出なくなっている鍵盤が数か所あったはずだ。なんせ、ボロピアノだから。ところが、海の弾くピアノ曲は音が抜けずに曲としてなりたっている。
ショパンコンクールの時、阿字野は「海のピアノの音は海だけのもので、それを世界に聴かせることがコンクール出場の目的だ」と言っている。
もし、海の弾くピアノの音が特別な物であったなら、抜けた音の直前に出した音が響きとして抜けた音を聴かせることが出来るのではないかと想像する。音には倍音と呼ばれる音が多数含まれているからそれが可能かもしれないと……。また、“森の端”で生まれ劣悪な環境で育ったにもかかわらず、ちょっと大袈裟だが崇高な精神性を内に秘めていた海だからこそ、ない音をある音に出来たのではないかとも思う。音楽は演奏テクニックや音だけで成り立つものではないってね。
ショパンコンクールでの海の演奏は、音が出ない森のピアノを音の出るピアノとして弾いていた少年が成長してなるべくしてなった姿だと感じる。海は選ばれた手を持っているので壊れたピアノが魔法の様に弾けるファンタジーと単純に考えたくない『ピアノの森』である。
(Edit&Text/草野タンポポ)
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