読者にとって今や当たり前のキャラクターやストーリーも、初期設定が明かされると実はまったく違っていたということがあります。マスコット的存在のキャラクターのデザインがかわいくなかったり、主人公がモブキャラだったり。

 「初期設定のままではこんなにヒットしなかったのでは?」と思われるものもあります。次の4つの『ジャンプ』作品は、驚きの初期設定を持つ人気漫画です。

◆初期設定のサンジを襲った思いがけない事態──『ONE PIECE

 『ONE PIECE magazine』やファンブック『ONE PIECE GREEN SECRET PIECES』に掲載された尾田栄一郎先生による初期設定資料では、当初麦わらの一味の舵取りにジンベエ、狙撃手に黒ひげっぽいキャラがいました。また、チョッパーはシマシマ模様のやさぐれた感じのキャラクターになっており、皆から愛されている現在のマスコット的なかわいい要素はありません。

 チョッパーが初期デザインのままだと、今のような人気が出ていないかもしれません。狙撃手も黒ひげっぽいキャラクターだと全体的におっさん度が強いので、ウソップが入ったことでバランスが良くなったといえるでしょう。

 さらにナミは大きな斧を持った戦闘員であり、船大工は2頭身のとっつぁん坊やタイプでフランキーの姿はありません。連載開始2年前に作成されていた初期設定のため変更になったところも多いですが、この時点で構想がかなり固まっていたことが分かります。

 同じく連載前の後期構想では、ロビンとフランキーらしきキャラクターが登場。海軍大将もマリンフォード頂上戦争前の三大将ではなく、赤犬と金獅子、そして仏なる人物が設定されており、クザンはCP9として描かれていました。結果的に金獅子のシキは伝説の大海賊、海軍大将は黄猿、青キジ、赤犬の3人に落ち着きます。

 ただ、連載開始に向けて一つ思いもかけない事態が。渦巻きマユゲが特徴のサンジの名前は、当初ナルトだったものの、『週刊少年ジャンプ』で『NARUTO -ナルト-』の連載が開始されたため、名前がかぶるのを避けて、3時のおやつからサンジに改名されました。

 尾田先生によれば、『ONE PIECE』は当初5年で完結する予定だったそうです。連載が長期化してもストーリーにしっかり練り込まれた感があるのは、初期設定に時間をかけて作っているからなのでしょう。

◆忍ではなくラーメン漫画だった──『NARUTO -ナルト-

 もともと岸本斉史先生はラーメン漫画を作ろうとしていたそうですが、その設定の一部を引き継ぐ形で『NARUTO -ナルト-』が生まれました。しかし、当初は主人公のナルトの正体は狐、火影や師匠キャラたちも動物という設定だったそうです。

 ナルトの名前や好物がラーメンという設定もラーメン漫画の名残なのか、作中には一楽というラーメン屋さんも出てきます。

 また、『増刊赤マルジャンプ』に掲載された、プロトタイプといえる読切『NARUTO』で、ナルトは九尾が封印された人柱力という設定ではなく、九尾の子供もでした。ナルトのほおに狐のヒゲのようなものがあるのも、そのためだと思われます。

 当時の編集である矢作氏のアドバイスによって、ナルトが狐だと読者が感情移入しづらいということで少年になりましたが、白も初期設定はクマだったそうで、動物キャラが多すぎて忍の里というよりは動物園。『ジャンプ』作品で動物漫画といえば『銀牙 -流れ星 銀-』や『たいようのマキバオー』などのヒット作がありますが、『NARUTO -ナルト-』のストーリーだと主人公を少年キャラにして正解だったのではないでしょうか。

 また、カカシ先生の初期設定での名前はエノキ、語尾は「ござる」でした。忍者といえば「ござる」が定番ですが、カカシ先生のセリフの語尾に「ござる」をつけるとどこか締まらない感じもあるので、普通の話し方になって良かったといえます。

◆初期設定の苦労が消し飛んだ土方キャラ──『銀魂』

 『銀魂』のプロトタイプのひとつ『初期設定・銀魂』では、主人公は土方でした。しかし、空知英秋先生が土方歳三を好きすぎて史実のイメージを崩せず、なかなかキャラクター作りが進まなかったため、主人公は坂田銀時に変更されます。

 その結果、主人公のキャラクターがいい具合に壊れて、ギャグの切れ味鋭い作品に仕上がったのでモデルとなった坂田金時に感謝です。もし土方が主人公のままだったら、もっと落ち着いた感じの作品になっていたかもしれません。

 ただ、土方歳三がモデルになっているキャラクター、土方十四郎は重度のマヨラーです。マヨネーズを死ぬほどかけたご飯は「土方スペシャル」と呼ばれるほど。

 しかも、妖刀「村麻紗」を手にしたせいで、第2人格であるトッシーを宿すことに。トッシーはオタク趣味のヒキニート、ビビりでヘタレな性格をしています。語尾には「ござる」をつけて、「プークスクス」と笑うオタク全開のキャラクターです。初期設定で史実の土方歳三のイメージを崩すのに苦戦したはずなのに、結果的に土方像が壊れすぎています。

 また、周りがおっさんばかりという理由から、沖田の初期設定は女性でした。容姿は寺門通そのままで武器は傘という設定です。坂田銀時が主人公になったことで女キャラとして神楽が生まれ、武器が傘という設定は引き継がれた模様。

 沖田総悟といえばドSキャラで、「サディスティック星から来た王子」と呼ばれることもあります。しかし、性別と外見が初期設定のままだったら、むしろ責められたいというキャラが続出していたかもしれません。

◆炭治郎の初期設定はモブキャラだった──『鬼滅の刃』

 『鬼滅の刃』のプロトタイプ作品ともいえる『過狩り狩り』と『鬼殺の流』の主人公は外見や設定が似ているところが多く、目が見えないうえにない隻腕、両足義足といった特徴がある少年でした。さすがに設定が重すぎるうえ、流(ナガレ)は無口なキャラクターなので、モブキャラとして登場していた炭治郎が主人公に昇格します。

 『過狩り狩り』が連載会議で落選したときに、当時の編集だった片山氏から「明るくて普通のキャラクターはいませんか?」という提案がなければ、炭治郎が主役になることも『鬼滅の刃』が世に出ることもなかったかもしれません。

 また、『鬼滅の刃』の代名詞ともいえる呼吸の初期設定は、「鱗滝式呼吸術」だったそうです。吾峠先生はかっこいいと自信があったようですが、結果的に却下されて今の形になって良かったのかもしれません。

 

 ──多くの読者を惹きつける人気漫画も、連載が始まる前は試行錯誤があったことがうかがえます。また、ヒットの影には適切なアドバイスをする編集の力も大きいといえるでしょう。

 連載されている完成品を見ると漫画家は天才なのではないかと思えますが、そこにはものすごい努力とボツになっても立ち上がる不屈の精神があることが分かります。

〈文/諫山就〉

《諫山就》

フリーライターとして活動中。漫画・アニメ・医療・金融などの記事、YouTube用シナリオを執筆・編集しています。

 

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