連載漫画の世界において、長く連載を続けることは簡単ではありません。今や世界中で愛されている漫画も、連載当初から数々の試行錯誤を経て人気作品になっています。
実は「短編読み切り」から始まり、あまり知られていない「プロトタイプ作品」が存在する作品も多くあります。
◆『SLAM DUNK』の原型は既にできていた!?──もはや伝説となった『赤が好き』と『楓パープル』
バスケットボール漫画の代名詞となっている『SLAM DUNK』は、実は2つの読み切り作品をベースに長編連載に発展した作品です。
まず1作目は、1988年の『週刊少年ジャンプ』に掲載された『楓パープル』です。
タイトルからも分かるとおり、主人公は『SLAM DUNK』で花道のライバルでありチームメイトの「流川楓」で、井上先生の漫画家デビュー作品であるバスケットボール漫画です。
『楓パープル』の流川は「クールなイケメンで高いバスケスキルと情熱を持っている」という点で、『SLAM DUNK』のキャラ設定はほぼ完成されていました。番長で元バスケ部という設定で赤木が、赤木の中学時代からの友人&バスケ部元キャプテンという立場で小暮が登場するなど、主要人物のキャラ設定や名前なども既に決まっていたようです。
2作目となるのが、1990年8月1日の『週刊少年ジャンプ増刊 1990年 Summer Special』に掲載された『赤が好き』です。
主人公は『SLAM DUNK』と同じく桜木花道で、水戸洋平をはじめとする桜木軍団も登場します。ヒロインとして晴子も登場しますが、フルネームは大咲晴子で、赤木晴子とは違い不良が嫌いで勝ち気なメガネ美女でした。
花道がバスケットボールと出会うことはないものの、明るく豪快で頭は良くないですが心は熱く人を惹きつける力がある点、晴子に一目惚れする点など、『SLAM DUNK』の原型は既にできていました。
2つの読み切り作品を融合させて一つの長編連載が生まれたという経緯もさることながら、『SLAM DUNK』で花道と流川が「永遠のライバル」として描かれたのも納得です。
◆『鬼滅の刃』は『過狩り狩り』と『鬼殺の流』2つの前身を経て人気作に!?
2016年から2020年まで連載された比較的新しい作品である『鬼滅の刃』も、実は読み切りに端を発した連載漫画です。
元となったのは、『週刊少年ジャンプ』の新人賞で2013年に佳作を取った読み切り作品『過狩り狩り』で、原作者である吾峠呼世晴先生の初作品でした。
ストーリーは明治から大正ごろの日本を舞台に、海外から来た吸血鬼、日本の鬼と「鬼狩り」との戦いを描いたもので、『鬼滅の刃』の骨格は既にできていました。
2年後となる2015年、「呼吸」や「鬼殺隊」の設定を追加して描かれたのが『鬼殺の流』でした。
公式ファンブックによると、世界設定は「読みやすくなった」という評価を得たものの、主人公の設定が盲目、隻腕、両足が義足とあまりにもシリアスだったため雑誌掲載には至りませんでした。
その翌年である2016年、主人公を寡黙な流(ながれ)から竈門炭治郎に変更し、前身作となる2作品から「鬼」や「呼吸」、時代背景などの多くの要素を引き継ぐ形で生まれたのが『鬼滅の刃』でした。
◆実は読み切り作品があった!──『NARUTO-ナルト-』
1999年に連載が始まった『NARUTO-ナルト-』。今や全世界の累計発行部数2億5000万部以上を誇る人気漫画ですが、実は連載開始2年前の1997年に増刊『赤マルジャンプ』にて読み切り『NARUTO』が掲載されていました。
前身作の『NARUTO』では、主人公のナルトは9本の尻尾を持つ狐の妖怪、いわゆる“九尾”の子供という設定でした。
また、2012年7月20日に放送された『あさイチ』(NHK)のインタビューで、原作者・岸本斉史先生は「元々は“ラーメン漫画”を描こうとしていたがボツになり、主人公の名前に“ラーメン漫画”の要素を引き継いだ」と語っています。
加えてナルトのテーマでもある「認められたい」という気持ちは、「ラーメン漫画が認められなかった経験」に基づいているという秘話についても明かしました。
ちなみに、『NARUTO』が掲載されていた1997年の増刊『赤マルジャンプ』は、『NARUTO-ナルト-』のヒット後には数十万円で取引されるなど伝説的な存在になっています。
『NARUTO-ナルト-』では、主人公のナルトの好物がラーメンだったことも、岸本先生の過去の悔しい経験から生み出された設定だと知ると、原作者の作品にかける強い思いをいっそう感じます。
◆前身作のヒロインはユリアじゃなくて「ユキちゃん」!?──『北斗の拳』
『北斗の拳』といえば、1983年から1988年にわたって『週刊少年ジャンプ』で連載された長編漫画ですが、実はそのベースとなったのは同タイトルの短編読み切り漫画『北斗の拳』でした。
読み切り版は『北斗の拳』『北斗の拳Ⅱ』の2話構成で、1983年の『フレッシュジャンプ』4月号と6月号に連載されました。
こちらは連載版とは違い、原作も原哲夫先生が手掛けており、北斗の拳の伝承者・霞拳四郎(以下、ケンシロウ)が日本進出を目論む悪の組織「泰山寺」の戦士たちを相手に闘いを繰り広げるという、『蒼天の拳』に似たストーリーとなっています。
泰山寺に命を奪われたケンシロウの恋人の名前はユリアではなく「ユキちゃん」。主人公・ケンシロウのキャラ設定や大まかな構図はできあがっているものの、実際は別人でその他の設定も連載版とは異なるものでした。
この読み切り作品をベースとして原作に武論尊先生が参加したことで、新たに連載版『北斗の拳』が生まれました。
40年以上前の読み切り漫画とあって幻の作品扱いとなっていましたが、近年はコンビニで販売されている廉価版や、ガイドブック等にも収録され、その存在が知られるようになりました。
──人気作品と言われど常に打ち切りの危機と隣り合わせの連載漫画。そのポテンシャルを推しはかるためにも、「読み切り」からスタートするのは妥当な手段といえます。
次世代の名作を読み切り作品から見出すのも、読者としての楽しみ方の一つなのかもしれません。
〈文/lite4s〉
《lite4s》
Webライター。『まいじつ』でエンタメ記事、『Selectra(セレクトラ)』にてサスペンス映画、韓国映画などの紹介記事の執筆経験を経て、現在は1980~90年代の少年漫画黄金期のタイトルを中心に、名作からニッチ作品まで深く考察するライター業に専念。 ホラー、サスペンス映画鑑賞が趣味であり、感動ものよりバッドエンド作品を好む。ブロガー、個人投資家としても活動中。
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