ベテラン声優として活躍している人の中には意外な体験をした人が多く、たとえば、骨川スネ夫役を担当していた肝付兼太さんは、ジャイアン役だったたてかべ和也さんの葬儀・通夜で弔辞を述べた際、場の空気に似合わず面白エピソードを明かしていました。
◆ばいきんまんの声は苦肉の策から生まれた?──中尾隆聖さん
TVアニメ『それいけ!アンパンマン』(以下、『アンパンマン』)で、30年以上にわたってばいきんまん役を演じている中尾隆聖さん。
ばいきんまんといえば独特のしゃがれ声が特徴ですが、中尾さんは、共同通信が2024年7月に行ったインタビュー記事「ばいきんまん役は「憎らしく」だけど「かわいく」「いとおしく」声優・中尾隆聖が語る悪役の極意 映画「それいけ!アンパンマン」最新作」の中で、オーディションを受けたときの秘話を語っています。
当時、中尾さんは人形劇『にこにこぷん』で、ぽろり・カジリアッチ3世役を務めており、『アンパンマン』と同様に子供向け番組だったため、同じ声で演じるわけにはいかないと考えたのだとか。
そこで中尾さんは「どうしようかなと思って、ちょっと「つぶした声」でオーディションを受けてみたら、監督やディレクターに「面白いね、もっとつぶして」と言われて」「そうは言ってもこんな声じゃ受からないだろうと思っていたら、受かってしまった」と、思ってもみない展開を迎えたといいます。
合格後も、1~2年はばいきんまんの声を出し続けることがきつかったようですが、演じ続けたことで声帯が鍛えられたため、徐々に楽になっていったそうです。
一方で、中尾さんは若手の声優が声帯を痛めることを懸念して「声は作るな」と忠告しているものの、かつての自分がそうして役を射止めたため、「全然説得力ないんですけど」と苦笑しています。
◆たてかべ和也さんとのエピソードに場内爆笑──肝付兼太さん
2015年6月、TVアニメ『ドラえもん』のジャイアン役などで知られるたてかべ和也さんが亡くなり、2016年10月に亡くなった肝付兼太さんが葬儀・通夜で弔辞を読みました。
同作で骨川スネ夫役を演じる肝付さんとたてかべさんはさまざまな作品で共演しており、弔辞では二人の出会いや心温まる思い出話などが語られ、参列者の涙を誘いました。
その中で肝付さんは「ずいぶん昔の話ですが、千葉県に行川アイランドという遊園地がオープンしました」「2人が司会を依頼され、日帰りでも行けたんですが、かべさんがあのとき、「前の日に行きたいな」というので、僕は運転して乗り込んだのはよかったんですが、5月5日の前の日、千葉県の旅館はどこも満杯でした。どこへ泊まろうかと散々探し歩いた結果、2人は大人向けの宿泊施設に泊まりました」(※コンプライアンスを配慮して一部文言を変更)と語り、場内は大きな笑いに包まれました。
さらに肝付さんは「従業員の人はなぜか板を持ってきて、ナンバーを隠してました」「なんのことだろうねとかべさんも僕も不思議に思っていました」とユーモアたっぷりに話したあと、「そんなことを思い起こすと、懐かしくて、涙が出ます」とまとめ、最後にスネ夫の声で「ジャイアンのくせになぜ先に逝っちゃうんだよ。スネ夫でした」と、旅立った親友に感謝と悲しみの言葉を送りました。
◆新聞配達をしていたときに配っていた相手はなんと……!──山口勝平さん
2021年6月、代々木アニメーション学院東京校で行われたイベントに、山口勝平さんがゲスト出演しました。
福岡県出身の山口さんは役者を目指して上京したころ、訛りを直すために専門学校東京アナウンス学院に入学し、肝付兼太さんが主催している劇団にも入団。
その傍らで新聞奨学生として新聞配達の仕事もしており、「当時僕の配達地域に、声優の富山敬さんが住んでいらして、富山さんのお家に新聞を配っていたんですよ(笑)」「その後僕がデビューした際、富山さんがお父さん役で共演させていただいたことがあったんです」「富山さんにご挨拶へ伺ったら、富山さんが『どっかで見たことがあると思った…、新聞屋さんだ!!』と驚かれたこともありました」と、知らずとはいえ大御所の先輩の自宅に毎日出入りし、驚きの再開を果たしたエピソードを明かしていました。
◆元々ばいきんまん役でオーディションを受けていた?──山寺宏一さん
山寺宏一さんは、2014年11月放送の『スタジオパークからこんにちは』(NHK)に出演したとき、TVアニメ『それいけ!アンパンマン』のオーディションでは元々ばいきんまん役で参加し、不合格だったことを明かしました。
しかし話はそこで終わらず、「犬やって」と言われたことで、めいけんチーズ役に合格することができ、見事レギュラーの座を獲得しています。
このことについて、ばいきんまん役の中尾隆聖さんは、2019年7月に光文社が運営するWebサイト『本がすき。』に掲載されたインタビュー記事「ばいんまん声優・中尾隆聖が語る 愛される悪役の“声”の秘密(#3)」の中で、「でも、いまオーディションをしてたら、山寺(宏一)が受かってる(笑)」「戸田恵子さんが言ってるんですよ、天下の山寺をイヌで使ってるのはうちの番組だけだよって」と語っていました。
──今では多くの作品で名前を見聞きする声優にも下積み時代があり、人気作品のキャラクターの声を一つ出すにも血のにじむ苦労があったことがうかがえます。
特に山口勝平さんは新聞配達をしていた相手が大物の先輩声優だったことも驚きですが、デビュー後に共演し、なおかつ顔を覚えていてもらえたことも不思議な縁を感じるエピソードだといえるでしょう。
〈文/花束ひよこ〉
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