漫画では、何気ないセリフや構図が後の展開とつながり、読み返したときに新たな発見につながることがあります。中でも以下の4作品は、後年になってから「伏線だったのでは」と語られる場面が多く、ファンのあいだでたびたび話題にのぼってきました。もっとも、すべてが公式に明言されているわけではなく、読者の解釈や考察に委ねられている部分も少なくありません。ここでは、そうした点もふまえながら、印象的な例を振り返ります。
◆「死神の“面白い”」の意味が変わって見える──「DEATH NOTE」
※以下、原作・アニメ『DEATH NOTE』の内容に触れています。
死神リュークがたびたび口にする「面白い」という言葉は、作中では彼の享楽的な性格を示すものとして受け取られがちです。ただ、物語の結末まで読むと、その言葉はたんなる口ぐせというより、人間の行動をどこまでも“観察対象”として眺めていたリュークの立場を象徴していたようにも見えてきます。
実際、終盤で追い詰められた月(ライト)が助けを求めた際、リュークはそれに応じず、自らノートに月の名を書いています。こうした流れから、序盤から一貫してリュークは月に肩入れしていたわけではなかった、と読むことはできそうです。
また、月が掲げていた「新世界の神になる」という願いについても、結末をどう受け取るかは読者によって分かれるところでしょう。
ラストにはキラを思わせる存在に祈りを捧げる人々の姿が描かれますが、その集団や女性の正体、祈りの意味は作中で明確には説明されていません。
そのため、「月は別の意味で神になった」と断定するよりは、「そう読める余地を残した終わり方だった」と捉えるのが穏当かもしれません。
◆カバー下やロゴに“ヒント”が隠されていた?──「約束のネバーランド」
※以下、原作・アニメ『約束のネバーランド』の内容に触れています。
『約束のネバーランド』については、単行本の装丁そのものに注目する読者も多くいます。実際、公式X(旧Twitter)では、単行本のカバー下に描かれたイラストに「物語のヒント」が隠されていることもあると案内されており、表紙まわりに意味が込められている可能性は公式側も示しています。
第1巻のカバー下に描かれた少女についても、後の展開を踏まえると、幼いころのイザベラを思わせる絵として受け止める読者は少なくありません。
さらに、タイトルロゴの「バ」から伸びる3本線については、公式Q&Aで白井カイウ先生が、上から順にノーマン、エマ、レイを表していると説明しています。この点は公式に確認できる要素です。
一方で、「第1巻ではコニー、第4巻ではノーマンに線が重なっているため、出荷される人物を示していた」といった読みは、あくまでファンの間で広まっている考察の一つです。
ロゴの3本線に意味があること自体は確かでも、どこまでを“伏線”として見るかは、読者側の解釈による部分が大きいといえそうです。
◆花嫁の行方は早い段階から示されていたのか──「五等分の花嫁」
※以下、原作・アニメ『五等分の花嫁』の内容に触れています。
『五等分の花嫁』は、連載当時から「誰が花嫁なのか」をめぐって多くの考察が交わされてきた作品です。
中でも、四葉に関する描写は、後から振り返ると意味深に見えるという声が根強くあります。
たとえば単行本第5巻の表紙にある数字の配置について、「『五等分』と『の花嫁』のあいだに“5”が入ることで、『五等分後の花嫁』と読めるのではないか」とする説はよく知られています。ただし、これは現時点で作者による明確な説明が確認できるわけではなく、あくまでファンの読み解きとして紹介するのが適切でしょう。
また、風太郎の指を五つ子がそれぞれ握る場面で、四葉が薬指を担当していることなども、後の結末と重ねて語られがちです。
こうした描写は“伏線だった”と感じる読者も多い一方、作中で明言されたわけではありません。そのため、「四葉が選ばれることを示していた」と断言するよりは、「そう受け取れる演出として注目されている」と表現するほうが、実態に近いかもしれません。
さらに、作中の重要な鐘の場面について、愛知県・恋路ヶ浜の「幸せの鐘」を連想するファンもいます。
恋路ヶ浜が“恋人の聖地”として知られ、地域では“四つ葉のクローバー発祥の地”として紹介されているのは事実です。ただし、それが作品中の舞台モデルだと公式に示されているわけではないため、ここも“聖地候補として語られることがある”程度にとどめるのが無難でしょう。
◆第1話のセリフが後半で別の意味を帯びる──「進撃の巨人」
※以下、原作・アニメ『進撃の巨人』の内容に触れています。
『進撃の巨人』では、後半で明かされる情報によって、初期の場面がまったく違って見えてくることがたびたびあります。
その代表例として挙げられるのが、第1話でグリシャがエレンに向けて言った「帰ったら……ずっと秘密にしていた地下室を……見せてやろう」というセリフでしょう。
第121話まで読むと、この場面は“幼いエレンに語りかけているだけ”ではなく、未来のエレンの存在を踏まえたうえで読み直せるのではないか、と受け止められるようになります。
また、最終話で明かされる、ベルトルトとカルラをめぐる事実も大きな衝撃を呼びました。最終盤の説明をふまえると、あの時点でベルトルトを死なせるわけにはいかず、その結果としてカルラが犠牲になる流れが生じた、と読める構成になっています。この点はたんなる印象論ではなく、終盤の核心として扱われることが多い場面です。
さらに、第88話では『進撃の巨人』というタイトルそのものが、エレンが受け継いだ巨人の名でもあることが明かされます。作品タイトルと物語の中核が重なるこの仕掛けも、読者の印象に強く残ったポイントの一つでした。
──伏線の面白さは、作品の中で明言された事実だけでなく、後から読者が見出す“つながり”にもあります。だからこそ、「ここは公式に確認できる」「ここから先は考察の領域」と分けて眺めることで、作品の仕掛けはより立体的に見えてくるのかもしれません。読み返すたびに新しい発見があるのも、名作漫画の魅力の一つといえそうです。
〈文/士隠カンナ〉
《士隠カンナ》
1990年〜2000年代に放送されたアニメに中学・高校の頃にどっぷりとハマり、その後フリー編集・ライターに。主にアニメ・漫画のムック本のブックライターといて活動中。最近のマイブームはもっぱら『ちいかわ』。
※サムネイル画像:Amazonより 『「進撃の巨人」第1巻(出版社:講談社)』


