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※この記事には漫画『ブラック・ジャック』のネタバレが含まれます。ご注意ください。

※本記事は一部、漫画『ブラック・ジャック』に関するライター個人の考察・見解が含まれています。公式の設定や見解とは異なる場合があります。

 『ブラック・ジャック』の間黒男は、どこか人を寄せつけない医師として描かれます。高額な手術料を求め、冷たく見える言葉を投げかけることもありますが、その奥には深い孤独と、簡単には見せないやさしさがありました。

 そんな彼が、かつて心から愛した女性がいたとしたら──。原作には、ブラック・ジャックの素顔をのぞかせる重要なエピソードがあります。相手は如月めぐみ。彼女との出会いと別れは、彼がなぜ人に心を閉ざし、それでも医師として生き続けたのかを考えるうえで、見逃せない物語です。

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◆怖がられていた医師が見せた、静かなやさしさ

 如月めぐみとの関係は、原作第50話「めぐり会い」で語られます。ピノコにふたりの過去を話すのは、めぐみの兄として登場する如月ケイでした。

 当時のブラック・ジャックとめぐみは、同じ医局に勤めていました。周囲から浮いた存在だった彼に対し、めぐみは最初、近寄りがたさを感じていたようです。無口で何を考えているのか分からない男。そう見えていたとしても不思議ではありません。

 しかし、めぐみはやがて、ブラック・ジャックが自分をさりげなく見守っていることに気づきます。帰宅が遅くなったとき、危ない目に遭いそうになったとき、彼は必要な場面でだけ姿を見せました。押しつけがましい言葉ではなく、行動で守る。その不器用なやさしさが、めぐみの心を少しずつ動かしていきます。

 人を簡単に信じないブラック・ジャックが、誰かを気にかけていた。その事実だけでも、このエピソードは彼の人物像を大きく広げるものといえます。

◆手術前に告げた愛の言葉と、今読むと残る重さ

 ふたりの時間は、長く穏やかには続きません。めぐみは子宮癌と診断され、命を救うためには大きな手術が必要な状態になります。その執刀を担うことになったのが、ブラック・ジャックでした。

 手術の前、彼はめぐみに想いを伝えます。長く胸の内にしまっていた言葉を、医師としての顔を保ったままではなく、一人の男性として告げた場面でした。

 一方で、この場面の言葉は、現在の感覚で読むと複雑さも残します。体の一部を失うことと、その人の尊厳や性別を結びつけるようにも受け取れる表現が含まれているためです。1970年代に描かれた作品であることを踏まえても、今の読者には引っかかる部分があるでしょう。

 ただ、この場面をたんに時代遅れの言葉として片づけてしまうと、作品が描こうとした痛みまで見落としてしまいます。ブラック・ジャックは、命を救うために患者の体へメスを入れなければならない医師です。愛する人を救うために、愛する人の人生を大きく変える手術を選ばざるを得ない。その矛盾と苦しさが、あの言葉にはにじんでいたとも考えられます。

 彼の告白は、甘い恋愛の場面というより、医師としても男性としても逃げ場のない、切実な別れの言葉に近かったのかもしれません。

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◆人気エピソードなのにアニメでは描かれなかった理由

 「めぐり会い」は、ファンの間でも印象深いエピソードです。秋田書店が2013年に行った「ブラック・ジャック40周年アニバーサリー!」の人気投票では、好きなエピソードの1位に選ばれました。それほど多くの読者の心に残っている話です。

 しかし、2004年から放送されたテレビアニメ『ブラック・ジャック』では、この物語は描かれませんでした。さらに、如月めぐみという人物そのものも、アニメ本編には登場していません。

 理由は公式に明言されていません。ただ、病気や手術、性別に関わる繊細なテーマを含むため、同じ病と向き合う人や家族への配慮があった可能性は考えられます。原作のまま映像化すれば、強い感情を呼び起こす一方で、受け止め方が難しい場面も出てきたはずです。

 興味深いのは、アニメ『ブラック・ジャック21』で、ブラック・ジャックが医師免許を剥奪された背景に、めぐみに関わる手術を思わせる要素が描かれている点です。本人は登場しないものの、原作を知る人なら、その影を感じ取れる作りになっていました。

 アニメでは前面に出なかったからこそ、めぐみの存在は原作ファンの間で特別な余白として残り続けているのかもしれません。

◆如月ケイとして生きためぐみと、残り続けた想い

 物語の終盤で明かされるのは、如月ケイこそが、かつての如月めぐみ本人だったという事実です。手術後、めぐみは命を取り留め、名前を変えて男性として生きる道を選びました。

 この展開は、現代の視点では慎重に受け止める必要があります。医学やジェンダーに関する理解が今とは異なる時代に描かれた表現であり、現在の価値観でそのまま読むと違和感を覚える部分もあります。それでも、物語の中で重要なのは、めぐみが手術後も自分の人生を歩み続けたこと、そしてブラック・ジャックとの関係が完全には途切れていなかったことです。

 原作第205話「海は恋のかおり」では、ケイに想いを寄せる人物が登場します。そのときのブラック・ジャックの反応からは、彼の中にまだ消えきらない感情が残っているようにも見えます。

 また、「めぐり会い」でケイがピノコを見たときの複雑な表情も印象的です。ブラック・ジャックのそばにいるピノコを見て、かつての自分ではない誰かが彼の日常にいることを感じ取ったのかもしれません。

 ふたりは結ばれませんでした。それでも、互いに相手の人生へ深い痕跡を残した関係だったことは間違いないでしょう。

 

 ──ブラック・ジャックは、誰にでも心を開く人物ではありません。だからこそ、如月めぐみとの物語は、彼の中にある弱さや愛情を浮かび上がらせます。

 アニメでは描かれなかったこの恋は、今読むと時代の重さや表現の難しさも感じさせます。それでも、人を愛し、救おうとして、なお別れを選ばざるを得なかったブラック・ジャックの姿は、彼がただの天才外科医ではなく、深く傷ついた一人の人間だったことを教えてくれるのです。

〈文/士隠カンナ〉

《士隠カンナ》

1990年〜2000年代に放送されたアニメに中学・高校の頃にどっぷりとハマり、その後フリー編集・ライターに。主にアニメ・漫画のムック本のブックライターとして活動中。最近のマイブームはもっぱら『ちいかわ』。

 

※サムネイル画像:Amazonより 『「ブラック・ジャック 手塚治虫文庫全集」第2巻(出版社:講談社)』

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