人気作『ブラック・ジャック』の主人公、間黒男ことブラック・ジャックは、父親の裏切りや母親との死別など、複雑な生い立ちから簡単に人に心を開きませんが、人生の中で唯一、心から愛した「如月めぐみ」(如月恵)という女性がいたのです。
◆二人の出会い──徐々に惹かれ合う……
ブラック・ジャックとめぐみの出会いは、原作第50話「めぐり会い」に収録されています。
めぐみの兄「如月ケイ」は、ピノコにふたりの馴れ初めを話しますが、ピノコは「先生が恋をするなんて信じられない」と疑っている様子でした。
ブラック・ジャックとめぐみは同じ医局に勤めていました。当時、周囲から浮いていたブラック・ジャックのことをめぐみは怖がっていたといいます。
しかし、あるときからめぐみは、帰宅時などにブラック・ジャックが自分のことを見守ってくれていることに気づきます。
ある日、残業で帰りが遅くなっためぐみが不良に絡まれていると、ブラック・ジャックがすぐさま駆け寄って助けてくれたことがきっかけで、めぐみは彼に対する想いに気づきます。
◆ブラック・ジャックの言葉がひどい?──現在なら大炎上は避けられない
しかし、二人の甘い時間は長くは続かず、過酷な運命に翻弄されることとなります。
めぐみが子宮癌だと診断され、病状は悪く、余命わずかという絶望的な状態でした。
助かる見込みは薄く、たとえ助かったとしても、子宮や卵巣などを全摘出しなければなりませんでした。
めぐみの手術をブラック・ジャックが担当することになったのですが、手術を始める前、ブラック・ジャックは「君が女であるうちに言っておこう」「めぐみさん、君が好きだ」「心から愛している」とついに自分の正直な気持ちを伝えます。
その言葉にめぐみは心から喜びましたが、ブラック・ジャックの言葉は、子宮を摘出したら「女ではない」と言っているように聞こえます。
「めぐり会い」が描かれたのは1974年の11月。当時はインターネットなどまったく普及しておらず、読者の反応を確かめることはできません。
もし「めぐり会い」が現代に描かれたとしたら、ブラック・ジャックの言葉は、差別的だと大炎上するかもしれません。
◆アニメ未登場のワケ──同じ病の人に配慮した?
2013年に、秋田書店は「ブラック・ジャック40周年アニバーサリー!」と題して、ファンに好きなエピソードの投票する企画を行いました。
その結果、1位に選ばれた作品が「めぐり会い」だったのです。
このように「めぐり会い」はファンの間で人気の高いエピソードですが、 2004年から放送されたアニメ『ブラック・ジャック』では、アニメ化されませんでした。
それどころか、如月めぐみというキャラクター自体、アニメには登場しなかったのです。
「めぐり会い」がアニメ化されなかった理由は明らかにされていませんが、めぐみと同じ病気を抱える人や、その周囲の人への配慮があったのかもしれません。
なお、アニメのオープニング曲「Here I Am」には、一瞬だけ兄のケイが登場します。しかし、原作を知らない視聴者にとっては彼が誰なのか分かりません。
続編のアニメ『ブラック・ジャック21』の第1話では、ブラック・ジャックが医師免許を剥奪された理由が描かれます。その中で、めぐみの手術を強行したことが原因として描かれているものの、めぐみ自身は登場しません。
◆ケイの正体とは? ──今でも互いに想い合っているのか……
ピノコにすべてを話し終えたケイ。実は彼こそが「如月めぐみ」本人だったのです。
ブラック・ジャックの手術後、めぐみ一命をとりとめ、名前を変えて「男性」として生きていくことを決意しました。
時は流れ、原作205話「海は恋のかおり」で、ケイの過去を知った上で片思いをする男性が現れます。ブラック・ジャックは、「めぐみがあんな小僧を相手にするもんか」と発言し、未練があるようなそぶりを見せます。
「めぐり会い」では、ケイがピノコを見て、「わあ……かわいいお嬢ちゃん」「では奥さんをお持ちになったのですね?」と複雑な表情を浮かべる場面があります。
このとき、ケイもまた、まだブラック・ジャックのことを想っていたのかもしれません。
ブラック・ジャックとめぐみが結ばれることはなく、それぞれの人生を歩むことになりましたが、二人は医療業界で働きながら、交流を続けているようです。
第229話で、ブラック・ジャックはピノコに「お前、私の奥さんだろう?」「それも最高の妻じゃないか」と言葉をかけています。 過去を乗り越え、ピノコとともに生きていくことを決めたようです。
──多くの人に裏切られ、傷つけられてきたブラック・ジャックだからこそ、数少ない心温まるエピソードに、多くのファンが感動したのかもしれません。
〈文/花束ひよこ〉
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