<この記事にはアニメ・原作漫画『チェンソーマン』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
デビルハンターが活躍する『チェンソーマン』の世界では、当然悪魔が登場します。しかし、地獄や天国といった概念が存在するのになぜか対となる「神様」だけは登場しません。その背景には深い理由と、重大な伏線が見え隠れしています。
◆「神様」が登場しない理由
『チェンソーマン』の世界になぜ神様が登場しないのか? 実はこのことについて、藤本タツキ先生が『このマンガがすごい! 2021』(出版社:宝島社 2020年12月出版)の「スペシャルインタビュー」で触れています。
藤本先生曰く、「この作品には、いろいろと出てこないものがあるんですよ。たとえば“神様”という単語は作中で一度も使っていないはずなんですけど、特定のものや概念を意図的に排除しています」とのこと。
この発言は、大きく2通りの解釈ができます。まず1つは、藤本先生が「神様」を登場させる気がないというケースです。別に悪魔が登場したからといって必ずしも神様が登場する必要はありません。そういう世界観だと捉えれば、読者もすんなり納得できるでしょう。
しかしそうなると、少し違和感がある描写があります。それは第25話でマキマが京都で自らの能力を披露したシーン……。この場所は神社でした。さらに第75話でも、銃の悪魔が登場したのは教会がある丘の上空だったのです。
どちらの場所も信仰として、神様へ祈りを捧げる神聖な場所になります。果たして神様が登場しないのであれば、『チェンソーマン』の世界でいったい何の拠り所になっているのか、という疑問が出てきます。
そこで2つ目に考えられるのが、藤本先生が「神様」という単語に大きな意味を持たせているケースです。つまり、それは今後「神様」が物語に大きく関わってくる可能性を示唆していることになります。
実は第84話で、『チェンソーマン』の世界から排除された特定のものや概念があることが判明します。それはマキマが語った「ナチス、アーノロン症候群、第二次世界大戦、エイズ、租唖、核兵器」といった現実にあるものや架空の存在などです。
そして第84話では同時に、チェンソーマンが食べたものはその名前の存在がこの世から消えてしまうという衝撃的な事実も明かされています。つまり、マキマが語った存在は、かつてチェンソーマンに食べられて消えてしまった存在となります。
そして、消えてしまった存在の中には、マキマですら思い出せない存在もあると語っています。仮に、この消された存在の中に「神様」がいたとしたら……。このことから、「神様」が意図的に出てこない理由には、チェンソーマンが大いに関わっていると推察できるのではないでしょうか。
◆神様は「ポチタの正体」に関係する最大級の伏線?
チェンソーマンといえば、元となるのはデンジがポチタと名付けた「チェンソーの悪魔」です。そんなチェンソーの悪魔が、なぜ食べるだけで存在を消せるほどの強大な力を持っているのでしょうか。そもそも本当にポチタはチェンソーの悪魔なのかすらも疑問となってきます。
しかし、仮にポチタが藤本先生が意図的に排除してきた「神様」と関係しているのであればどうでしょうか。超常的な力を持っている理由につながってくるのではないでしょうか。実はポチタと神様の関係性を示す描写は作中でもいくつか確認できます。
最初に注目したいのが、第81話のマキマの部屋に額装されていた絵画です。この絵画は、ポール・ギュスターヴ・ドレが描いた『ルシファーの失墜』という作品です。旧約聖書によるとルシファーは、最も神様に近いとされる最高位の熾天使でした。
しかし、傲慢にも自らが神になろうとして、逆に天界から追放されることになります。つまり、『ルシファーの失墜』はそのときを描いたもの。そして地獄に堕ちたルシファーは、悪魔「サタン」になったとされています。
第81話では見開きに渡って『ルシファーの失墜』が描かれていることから、藤本先生としても何らかの意図を持たせていると考えられます。それではなぜマキマの部屋に飾られていたのか。
マキマはかねがねチェンソーマンのファンであることを明言しており、崇拝に近い感情を抱いています。そして悪魔は、人間の世界と地獄の世界をそれぞれ輪廻転生する存在です。しかし、チェンソーマンは存在を消せることから、その輪廻を断ち切れる唯一の存在であることが分かります。
これは、地獄の長であり、善人を滅ぼせるサタンの役割に近いとも捉えられます。チェンソーマンが地獄でも恐れられていることも、どこかサタンを彷彿とさせます。そうなるとこの絵画の意味は、かつてポチタが神様と接点のあった存在だと暗喩しているのではないでしょうか。
続いて注目したいのが、第83話で登場したチェンソーマンの眷属たちです。ここでは、サメの魔人“ビーム”や暴力の魔人“ガルガリ”に血の悪魔“パワー”、蜘蛛の悪魔“プリンシ”、天使の悪魔“エンジェル”といった公安対魔特異4課の面々が、チェンソーマンの眷属だったことが明かされます。
眷属は全員で8人ですが、実はこのメンバーの名前の由来が天使の階級から取られていると考えられます。その証拠に、2020年12月にオンラインで行われた『ジャンプフェスタ2021』で藤本先生が眷属の1人であるパワーの名前の由来について語っています。
そこで、「パワーは天使の階級の名前なんですよね」と明かしているのです。ちなみに元ネタの天使の階級は「能天使(Powers)」。言葉遊びが好きな藤本先生が「能天」使と「能天」気を結びつけてパワーというキャラクターを生み出したのかもしれません。
つまり、ここで重要なのは天使の階級の名を関する者たちが、チェンソーマンの眷属として描かれていることなのです。天使はもちろん、神様に仕える存在です。これ以上なく、神様とチェンソーマンの関連を示唆していると捉えられるのではないでしょうか。
「神様」は、今後物語でチェンソーの悪魔であるポチタと重大な関係性を繋ぐキーワードとなってくるのかもしれません。
──悪魔は、その名前に対して人間が抱く恐怖から生まれた存在で、名前と関連した能力が行使できます。しかし、「チェーンソー」の能力と「存在を消す力」というのは一般的には結びつきません。今後、チェンソーマンの正体がどう明かされるのか、注目ポイントとなるでしょう。
〈文/fuku_yoshi〉
《fuku_yoshi》
出版社2社で10年勤め上げた元編集者。男性向けライフスタイル誌やムックを中心に、漫画編集者としても経験を積む。その後独立しフリーライターに。現在は、映画やアニメといったサブカルチャーを中心に記事を執筆する。YouTubeなどの動画投稿サイトで漫画やアニメを扱うチャンネルのシナリオ作成にも協力し、20本以上の再生回数100万回超えの動画作りに貢献。漫画考察の記事では、元編集者の視点を交えながら論理的な繋がりで考察するのが強み。最近では、趣味で小説にも挑戦中。X(旧Twitter)⇒@fukuyoshi5
※サムネイル画像:Amazonより 『「チェンソーマン」第1巻(出版社:集英社)』