<この記事にはTVアニメ・原作漫画『チェンソーマン』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
「銃の悪魔」への復讐。それが早川アキの生きる唯一の理由でした。しかし、「未来の悪魔」は彼に「お前の最期は相当凄惨なものになる」と、残酷な未来を突きつけます。
未来の悪魔が嘲笑う「最悪の死」とは何か。それは宿敵との相打ちという名誉ある最期ではないのかもしれません。
守りたかった日常の中で、愛した者たちの手によって、その物語は終わりを迎える。その衝撃の真相が見えてきます。
◆「寿命」と引き換えに失った“未来”──アキの自己犠牲の果て
未来の悪魔が予言した「最悪の死」。その残酷な未来を理解するには、まずアキがいかに自分の命を軽んじ、復讐のためだけに生きてきたかを知る必要があります。
彼の自己犠牲的な生き方を象徴するのが、「寿命」を代償とする二つの悪魔との契約です。
一つ目は「呪いの悪魔(カース)」。サムライソード戦で使ったこの能力は、アキ自身の寿命を大幅に削り取るものでした。この契約で、彼に残された時間はあと2年とされており、寿命が大きく減ってしまったことが示唆されています。
二つ目が、その後に契約した「未来の悪魔」。軽い代償に見えますが、それは未来の悪魔が彼の「最悪の死」を特等席で見たいがため。つまり、彼の残り少ない未来が極上のエンターテイメントになることを見越した契約でした。彼は復讐のためなら、自らの命がどうなろうと構わないのです。
その危うさを誰よりも心配していたのが、かつてのバディであった姫野です。彼女がアキに遺した最期のタバコには「Easy revenge!(気楽に復讐を!)」というメッセージが書かれていました。これは、復讐に囚われず生きてほしい、という姫野の最後の願いだったのではないでしょうか。
しかしアキはその願いとは裏腹に、より危険な悪魔と契約し、自ら死へと近づきます。この皮肉なすれ違いが、アキの悲劇性を際立たせているといえるでしょう。
アキは復讐のために、自らの「未来」である寿命を切り売りしてきました。その結果、彼は未来を見る力を手に入れましたが、皮肉にもその力で自分自身の「最悪の未来」を見せつけられます。彼の自己犠牲こそが、彼自身を最悪の結末へと導いているのかもしれません。
◆「未来 最高!」──未来の悪魔が見たい“最悪の死に方”とは
残りわずか2年という寿命を危険に晒してまで手に入れた力。しかし、その力が見せたのは「最悪の死に方をする」という絶望的な未来でした。未来の悪魔が「面白い」と語るその光景とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
まず、なぜ「銃の悪魔に復讐して命を落とす」という結末では“最悪”ではないのか、という点です。
アキにとって、宿敵との相打ちは、彼の目的を達成する「本望」であり「名誉ある最期」です。しかし、未来の悪魔は彼の死を「最悪」と表現し、楽しみにしています。これは、アキの死に方が、彼の望みや誇りがもっとも無惨な形で踏みにじられるものであることを示唆しています。
では、彼にとっての「最悪の死」とは何か。それは、もっとも死にたくない「場所」で、もっとも手にかけてほしくない「相手」によって命を奪われることではないでしょうか。
アキにとってもっとも死にたくない「場所」。それは決戦の場ではなく、デンジとパワーとともに過ごした、かけがえのない日常があった「早川家のアパート」。
そして、もっともその手にかけてほしくない「相手」。それは憎き敵ではなく、彼が保護者として、兄のように世話を焼いてきた、守るべき対象であったはずの「デンジ」と「パワー」。
つまり、未来の悪魔が見た「最悪の死」の正体とは「復讐を遂げることなく、守りたかった日常の中で、愛する家族の手によって命を絶たれる」という、あまりにも残酷で皮肉に満ちた未来なのではないでしょうか。
これこそが、未来の悪魔が「未来 最高!」と高笑いするほどの、最高のエンターテイメントの正体なのかもしれません。
◆守りたかった“日常”──アキが本当に戦うべきだったもの
「家の中で、デンジとパワーに命を奪われる」。これがアキを待つ未来なら、あまりにも残酷です。なぜ彼はそんな結末を迎えねばならないのか。その悲劇の根源は、彼が「復讐」よりも大切に思うようになった、ある感情の中に隠されているのかもしれません。
当初、アキは復讐心だけに燃えるクールなデビルハンターでした。しかし彼の人生は、デンジとパワーとの共同生活によって大きく変わり始めます。
最初は監視対象だったはずの二人。しかし、料理を振る舞い、行儀を叱り、共に映画を見る。そんな日々を繰り返すうち、彼の心には失ったはずの「家族」のような温かい感情が芽生え始めていたといえます。彼の姿は、もはや復讐者ではなく、心優しい「保護者」そのものだったといえるでしょう。
その心境の変化は、彼の行動にも表れています。姫野の死をきっかけにタバコをやめ、天使の悪魔とも信頼関係を築いていく。彼の心は、もう「復讐」という過去だけには縛られていないようにも見えます。
彼が本当に守りたかったもの。それはいつしか「過去の復讐」から「デンジやパワーとともに過ごす、騒がしくて温かい“現在の日常”」へと変わっていたのではないでしょうか。しかし悲劇なのは、彼自身がその大切な変化に気づきながらも、見て見ぬふりをしてしまったこと。「復讐」という呪縛から逃れられず、彼は自ら破滅の道を選んでしまったといえるでしょう。
アキの「最悪の死」がこれほど皮肉なのは、彼が守ろうとした「未来(復讐)」のために、本当に大切にすべきだった「現在(日常)」が破壊されてしまうからだと考えられます。彼が本当に戦うべきだった相手は銃の悪魔ではなく、復讐に囚われた自分自身の心だったのかもしれません。
──未来の悪魔が嘲笑う、アキの「最悪の死」。その正体は、銃の悪魔に敗れることではなく、守りたかった「日常」の中で、愛した「家族」の手によってその物語の幕が引かれるという、あまりにも残酷で皮肉な結末なのかもしれません。
復讐の果てに、もっとも大切なものが彼を破滅へと導く。未来の答えが示されるとき、この物語の非情さと、それでも確かに存在した「家族」の愛を目撃することになるのではないでしょうか。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:『TVアニメ「チェンソーマン」第2話 場面写真 (C)藤本タツキ/集英社・MAPPA』