「悪魔が恐れるのは頭のネジがぶっ飛んだ奴だ」。そう語る公安最強のデビルハンター、岸辺。彼が、まさにその言葉を体現するデンジとパワーの教官となったのは、偶然だったのでしょうか。
多くの教え子を失った彼が、なぜ危険なマキマのもとで隊長を引き受けたのか。その裏には、マキマを止めるための切り札として、あの2人を育てようとした彼の壮大な計画が隠されているのかもしれません。
◆「頭のネジがぶっ飛んだ奴」──岸辺が求める“最強”の条件
岸辺がなぜデンジとパワーにこだわったのか。その理由は、彼が考える「最強のデビルハンター」の条件を理解することで見えてきます。
彼の持論は「悪魔が恐れるのは頭のネジがぶっ飛んだ奴」というものです。
この一見破天荒な考え方は、彼が経験してきた多くの悲劇から生まれているといえます。岸辺は、アキや姫野をはじめ、数えきれないほどの若きデビルハンターの師匠でした。しかし同時に、その教え子たちが次々と命を落としていく姿も見送ってきました。
姫野の回想で、岸辺は亡くなったバディたちの名前をすべて覚えていました。彼が常に無表情で酒に酔っているのは、マトモな心では耐えられないほどの多くの死を背負ってきたからだといえるでしょう。彼にとって常識や理性は、この非情な世界では死を招く弱さでしかないのかもしれません。
そんな彼の前に現れたのが、デンジとパワーでした。岸辺は二人を「壊れない玩具」と呼び、何度も命を奪うレベルの過酷な特訓を課します。これはたんなるスパルタ教育ではなく、彼が理想とする「何度でも蘇る、頭のネジがぶっ飛んだ存在」としての資質を、二人が持っているか見極めるための最終試験だったといえます。
常識に縛られず、死の恐怖さえ乗り越えて向かってくる2人。岸辺はそこに、かつて失った教え子たちにはなかった「特別な何か」を見出したのではないでしょうか。
岸辺が求める「最強」とは、たんなる戦闘能力の高さではありません。それは、常識や死の恐怖さえも笑い飛ばすほどの「頭のネジの外れ方」だと考えられます。多くの教え子を失った絶望の果てに、彼はデンジとパワーという、自らの歪んだ理想を完璧に体現する“怪物”と出会ったのかもしれません。
◆マキマへの“不信感”──なぜ彼は公安に残り続けるのか
デンジとパワーという自らの理想とする「怪物」に出会った岸辺。しかし、なぜ彼はその二人を自分の手元に置かず、もっとも危険な存在であるマキマに預け、自らも彼女が率いる特異4課の隊長に就任したのでしょうか。その答えは、彼がマキマに対して抱いていた、強烈な「不信感」から見えてきます。
マキマとの会食の席で、岸辺はマキマに対し鋭い言葉を向けました。「……お前がどんな非道を尽くそうと 俺の飼い犬を殺そうと 人間様の味方でいる内は見逃してやるよ」。このセリフは、岸辺がマキマの正体について、かなり深いところまで見抜いていたことの証明といえるでしょう。彼は、マキマが常人ではないこと、そしてその行動がいつか人類にとっての大きな脅威になりかねない危険なものであることを、おそらく誰よりも早くから感じ取っていた可能性が高いといえます。
ではなぜ、彼はそんな危険なマキマの配下につくことを選んだのか。それは彼の目的が、マキマへの忠誠心などではなく、まったく別の場所にあったのかもしれません。
彼の真の目的は、公安内部に潜む最大の脅威であるマキマを、もっとも近い場所で監視し、来るべき「対決のとき」に備えることだったのではないでしょうか。そして、その対決の瞬間に、マキマを打倒するための最強の切り札として育て上げたのが、デンジとパワーだったと考えられます。
つまり、岸辺が公安に残り続ける理由は、マキマという巨大な敵を、内側から討ち滅ぼすためだといえます。彼は、マキマの正体に薄々感づきながらも、あえてその危険な懐に飛び込み、反撃の機会をねらっていたといえるでしょう。
特異4課の隊長という立場は、彼にとってマキマを監視し、自らが育てた「最終兵器」の成長を見守るための、最高の潜伏場所だったのかもしれません。
◆「嫌いじゃない」──“頭のネジの外れた二人”に託した最後の希望
マキマという底知れない力を持つ敵。その切り札として、なぜ岸辺はデンジとパワーを選んだのでしょうか。その答えは、彼らが「頭のネジの外れた存在」だったからなのかもしれません。
マキマの能力は、おそらく人の心を操るような、非常に複雑で計算高いものだと考えられます。常識や理屈で戦いを挑んでも、彼女の手のひらの上で転がされてしまうでしょう。
だからこそ、岸辺が必要としたのは、そんなマキマの常識や理屈が一切通用しない存在だったのではないでしょうか。何の作戦も立てず、ただ目の前の敵を破壊することしか考えない。そのあまりにもまっすぐな無謀さこそが、マキマの完璧な計算を破壊する唯一の「ジョーカー」になり得ると、岸辺は直感したかもしれません。
特訓を終えたあと、岸辺はマキマに対し、二人のことを「嫌いじゃない」「情が移っちまった」と、らしくない本音を漏らしました。
これは、たんに2人がかわいくなったというだけではなく「壊れない玩具」としか見ていなかった2人が、数多の「死」を乗り越えて成長し、あのマキマさえ超えるかもしれない「希望」に見えたのではないでしょうか。だからこそ、もう教え子を失いたくないという、彼の切実な願いの表れだったのかもしれません。
岸辺にとって、デンジとパワーはたんなる教え子や部下ではありませんでした。それは、多くの仲間を失い、希望を失いかけた男が最後に見つけた「希望」であり、最悪の敵を打倒するための「最終兵器」だったといえるでしょう。
彼が「嫌いじゃない」と呟いたのは、このネジが飛んだ2人だけが、マキマを打倒する奇跡を起こすのではないかと、本能的に感じ取ったからなのかもしれません。
──公安最強のデビルハンター、岸辺。彼はマキマの危険な本質に気づき、常識外れのデンジとパワーこそが、彼女の支配を打ち破る唯一の「切り札」になると信じたのかもしれません。
多くの教え子を失った最強の男が、最後にすべてを賭けた二人の「頭のネジがぶっ飛んだ」少年少女。彼らの力がマキマの計画に風穴を開ける日が近づいているのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『「チェンソーマン」第1巻(出版社:集英社)』
											
                                      
                                      




