『ちびまる子ちゃん』は原作者のさくらももこ先生の幼少期をモデルにした作品ですが、実際は意地悪だったといわれている祖父のさくら友蔵をはじめ、そのままマンガに登場させるには問題があると判断され、実在の人物とは異なる設定のキャラクターが多く存在します。さらに、作風からは想像もつかないような裏話もあります。
◆戸川秀之先生──生徒に飲酒させる怖い先生だった?
まる子のクラスの担任である戸川秀之先生は、いつも温厚で冷静沈着な男性です。
自分が受け持っている児童に対して決して感情的になることなく、叱るときも優しく諭すような言い方をしています。
ですが、実際にさくらももこ先生が小学校3年生のときの担任は非常に怖い先生だったそうで、『20周年記念 ももこのおもしろ本』(出版社:さくらプロダクション、2000年1月出版)の中で「いつも怖い先生が登場するのは嫌だから、どんな児童が相手でも威厳を一切見せないとても優しい先生に変えた」という旨を綴っているのです。
また、さくらももこ先生の同級生であり「はまじ」のモデルでもある浜崎憲孝さんも、自著『僕、はまじ』(出版社:彩図社、2002年2月出版)の中で「小学3年生のときのクラスの担任は、理由もなく児童に平手打ちをするような人だった」「秘密の飲み物と称して児童にウィスキーを飲ませたり、ヘビースモーカーであり教室内で喫煙したりしていた」と驚きの告白をしています。
浜崎さんはこの担任に心を傷つけられたことで不登校になり、担任は翌年度に違う学校へと飛ばされてしまったのだとか。
1980年代、元担任は30代という若さだったにもかかわらず、飲酒や喫煙が原因で亡くなったことを明かしています。
◆姉・さくらさきこ──実はしっかり者ではなかった?
まる子の姉・さきこは小学生でありながらとてもクールな性格であり、作中では親の手伝いもする優等生として描かれています。
ですが、さくらももこ先生のエッセイ『たいのおかしら』(出版社:集英社、2003年3月出版)に収録されている「心配をかける姉」というエピソードによると、実際の姉は幼い頃から病弱で常に両親に心配をかけていたといいます。
学費の高い私立の中学校に入学したうえ、両親は筝曲部に入部したさきこのために琴を買ったり、14~15歳頃から習いだしたピアノのために電子ピアノを買ったりと、親に負担ばかりかけていたそうです。
また、子供好きでもないのに、保育士を目指し資格をとって保育士になりましたが、就職してすぐに「保母になんてなるんじゃなかった……」と言い出し、最後は親に買ってもらったスクーターに乗っている最中、転んでケガをして入院となったことで退職した始末。
ほかにも、職場で出会いのなかった姉を心配して母親がお見合いをセッティングしたとき、まだ将来のことについて考えられなかった姉は大暴れをして拒否をしたという話もエッセイ『さるのこしかけ』(出版社:集英社、2002年3月出版)に収録されている「お見合い騒動」という章で綴られています。
しぶしぶお見合いはしたものの、相手は真面目な家庭で育った男性であり、「あの人、ドイツ人と日本人の国民性の違いなんて質問してくるんだよ。おかあさん、答えられる?」といって交際を断ったといいます。
挙げ句の果てに「何にでも効く変な油」を買って家族に送り付けてきたり、お金もないのに散財したり、いつまで経っても親に心配をかけ続けるのでした。
作中ではまる子とケンカばかりしている姉・さきこですが、大人になってから『さくらももこのウキウキカーニバル』(発売:任天堂、2002年7月発売)というゲーム作品の企画原案・シナリオを手掛け、さくらももこ先生と一緒に仕事をすることもあるなど、姉妹仲は良好のようです。
◆親友・たまちゃん──びっくりするほどお金持ちだった?
まる子の親友・たまちゃんは、作中で一般的な家庭で育っている様子が描かれていますが、エッセイ『もものかんづめ』(出版社:集英社、2001年3月出版)に収録されている「金持ちの友人」というエピソードの中で、実は裕福な家庭のお嬢様であることが明かされています。
たまちゃんの家は不動産業を営み、豪邸に住んでおり、さくらももこ先生が遊びに行ったときに「大きな家だね」と褒めたところ、「もしかしてあの物置のこと? うちはその隣だよ」と驚きの答えが返ってきたのでした。
またエッセイ『あのころ』(出版社:集英社、2004年3月出版)に収録されている「ツチノコ騒動」というエピソードでは、たまちゃんが自宅の庭でツチノコを目撃し、さくらももこ先生と捜索する様子が描かれています。
この中でさくらももこ先生は、たまちゃんの家の庭は広大で池もあることから、「ツチノコじゃなくてもあそこに住みたいと思う者は多いと察する」と正直な感想を綴っていました。
ちなみに、作中で一番のお金持ちである花輪君のモデルは、さくらももこ先生の中学時代の女友達・加藤さんで、大きな病院を経営する父親の一人娘だったのだとか。
なにかと自慢話の多い花輪君とは違い、加藤さんは決して自慢などしませんでしたが、1980年代から床暖房が設置された家に住み、シンセサイザーを買ってもらったり、父親が有名俳優の水谷豊さんと知り合いで、自宅に遊びに来たこともあったりしたそうです。
◆はまじ──さくらプロダクションとトラブルになっていた?
クラスのお調子者・はまじのモデルの浜崎憲孝さんは、大人になってから自費出版で自伝『僕、はまじ』を出版しています。
その出版社(彩図社)は当時、商業出版をしておらず、出版に際してさくらももこ先生は「自費出版だから」との理由で破格のギャランティでイラストを描き下ろしてくれたそうです。
しかし、浜崎さんの本は予想に反して売り上げが良く、自費出版とは思えないほどの展開に。さらに、当時新人編集者だった草下シンヤさんは、ちびまる子ちゃんのイラストを無断で書店販促用のPOPに使い、さくらももこ先生が経営する「さくらプロダクション」から猛抗議を受けてしまいます。
のちに草下さんは、『文春オンライン』で2023年5月7日に配信された「「ちびまる子ちゃんの“はまじの自伝”」を出版→大ヒット→権利会社が激怒…ベテラン編集者が明かした「若かりし頃のあやまち」」という記事で、自分の無知と非常識さについて明かしています。
すぐさまPOPを回収し、出版社の社長と謝罪に赴くも、さくらももこ先生が存命の間に和解することはできず、2023年に浜崎さんも孤独死してしまいました。
ほほえましい話の多い『ちびまる子ちゃん』ですが、大人の事情が絡んだ衝撃的な裏話だといえるでしょう。
──日常を描いた作品でありながらときにパンチの効いたネタを含んだ『ちびまる子ちゃん』ですが、事実に脚色を織り交ぜているからこそ、よりリアルな人間模様が楽しめるのかもしれません。
〈文/花束ひよこ〉
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