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 『千と千尋の神隠し』(以下、『千と千尋』)が、きょう1月2日に『金曜ロードショー』で放送されますが、ヒット作というのは簡単に生まれるものではない、と分かるように『千と千尋』も誕生に至るまで何度も頓挫した企画が存在していたと明かされています。『千と千尋』が生まれるまで、どれだけの紆余曲折があったのでしょうか。

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◆『千と千尋』の誕生前に製作されていた企画たち

 『千と千尋』の完成に至るまでの過程にいくつかの企画が頓挫していたことは多くのインタビューなどで語られています。当時の劇場で販売されたパンフレットでも、宮崎駿監督自身がインタビューで、『千と千尋』の製作秘話を語っています。

 企画自体は実は『もののけ姫』よりも前にまで遡ります。当時は『霧のむこうのふしぎな町』という柏葉幸子さんが1975年に発表した児童向けファンタジー作品の映画化を目指し、企画書まで作るなどしていたのですが、残念ながらこの企画は実現しませんでした。

 その過程を経た次に取り組んだとされる企画が映画『煙突描きのリン』です。こちらは原作がない宮崎駿監督のオリジナルストーリー。地震が来たあとの東京を舞台にした現代物の話であり、主人公は千尋よりもっと年上で溌剌(はつらつ)とした性格の女の子が主人公だったそうです。

 この『煙突描きのリン』については2016年に文藝春秋から出版された『ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し』にて鈴木敏夫プロデューサーが言及しており、お風呂屋さんの煙突に絵を描く20歳の女の子が、ある陰謀に巻き込まれ、その相手側の60歳のおじいさんが敵対の果てに年の差を超えて恋に落ちるという、“ラブストーリー”であったと語っています。

 鈴木氏曰く、そのおじいさんというのが宮崎駿監督自身を投影していると見えていたようで、もしこの作品が実現していたら、宮崎駿監督自身がかなり年の離れた女性と恋に落ちるような作品として認識されるような映画が登場していたのかもしれません。

 そう思うと、この企画が頓挫したのは必然といえるかもしれません。

 ただし、これらの企画がまったく無駄ではなかったことは完成した『千と千尋』に証拠として残っています。

 たとえば、湯屋の先輩として登場する“リン”というキャラクターは『煙突描きのリン』から引用されて名付けられていたり、主題歌である木村弓さんの「いつも何度でも」はもともと『煙突描きのリン』のために製作された曲だったといいます。

 

 ──いくつもの失敗が歴史的な作品へと導いたということが、完成された作品の中からも実は発見できます。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。『FILMAGA』、『めるも』、『リアルサウンド映画部』、『映画ひとっとび』、『ムービーナーズ』など現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。映画『ミューン 月の守護者の伝説』や映画『ユニコーン・ウォーズ』のパンフレットにライナーノーツを寄稿するなどその活動は多岐にわたる。noteでは『アニメ映画ラブレターマガジン』を配信中。X(旧Twitter)⇒@nejimakikoibumi

 

※サムネイル画像:スタジオジブリ公式Webサイトより 『「千と千尋の神隠し」場面写真 (C) 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM』

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