数多くの敵と戦った悟空ですが、原作を振り返ってみると自分で編み出したオリジナル技はないといっても過言ではありません。戦いのセンスがズバ抜けている悟空が技を作り出せない不思議な現象は、これまでもファンの間で議論の的となってきました。
この理由は『ドラゴンボール』の戦闘を読み解くと浮かび上がる、ゆるぎないルールに隠されていると考えられます。
◆悟空にオリジナル技がないといわれる理由
悟空の決め技といえばタンバリンを消滅させたかめはめ波やナッパを沈めた界王拳、フリーザを倒した元気玉です。しかし、これらはもともと亀仙人や界王のものであり、少年誌の主人公でありながら自分で編み出した技がほぼないため悟空にはオリジナル技がないといわれています。
ストーリー序盤ではジャン拳を使っていましたが、これは育ての親である孫悟飯から教わったものです。また、ジャッキー・チュン戦では狂犬のように襲いかかる狂拳、猿の動きをマネした猿拳を使っています。
しかし、動物の動きを模した拳法は古来より存在するため、悟空のオリジナル技とはいえないでしょう。かめはめ波を曲げたり、足から放ったりと発展技を編み出すのは得意でしたが、本当のオリジナル技といえるのは龍拳くらいです。
技の形は悟空がピッコロ大魔王に突っ込んで貫いたときと似ていますが、龍拳はその名の通り龍の姿に変化します。劇場版『ドラゴンボールZ 龍拳爆発!!悟空がやらねば誰がやる』や、『ドラゴンボールGT』などで悟空が使っていますが、これはアニメオリジナルの技です。
原作で出てきたわけではないので、正式には悟空が編み出した技には含まれないでしょう。このように自分で編み出した技がないため、バトルのセンスがズバ抜けている悟空にオリジナル技がないことを不思議に感じるファンも多いです。
◆『ドラゴンボール』の戦闘から考察するゆるぎないルール3カ条
悟空にオリジナル技がないワケを考察するには、『ドラゴンボール』の戦闘を改めて分析する必要があるでしょう。そこから垣間見えるのは戦闘前にボス敵と悟空の強さを比較できるようにする、主人公側の手札は前もって見せておく、覚醒パワーアップするときは伏線を入れておくの3つのルールです。
1つ目のルールで重要なのは、いわゆる咬ませ犬の存在です。界王拳でナッパをノックダウンさせた悟空、タフなナッパを一撃で葬ったベジータ。
ギニュー特戦隊を圧倒した悟空、ピッコロたちとの戦いで「その変身をあと2回もオレは残している…」と宣言して絶望を与えたフリーザ。これによって修行でパワーアップした悟空の現在地と敵の強さを比較できるようにしています。
2つ目のルールは主人公側、つまり悟空がどのような技を使って勝利まで持っていくのか、事前に手札を見せておくことです。これによって持っているカードでいかに勝つのかというワクワク感をもたらすとともに、突然飛び出した新技でボス敵を倒すというご都合主義を回避できます。
3つ目のルールは、悟空がスーパーサイヤ人となってフリーザを倒した場面です。それまでベジータがフリーザを倒すためにスーパーサイヤ人になろうと躍起になっており、伏線を仕込んでいるからこそ読者側に期待感を持たせられます。
スーパーサイヤ人3やスーパーサイヤ人4など最後のほうはバーゲンセールのように覚醒していった感はありますが、3つのルールに則るなら主人公である悟空がポンポン新技を編み出していたらバトルの展開に支障が出ていたでしょう。実際に『ドラゴンボール』では、初めて飛び出した技一発で勝利するバトルは少ないです。
◆初登場の技であっさり勝利するキャラクターは少ない
悟空は天下一武道会でジャッキー・チュンや天津飯に負けていますが、彼らが放った初出しの技で負けたわけではありません。また、ラディッツとの戦いではピッコロの魔貫光殺砲の一撃目はかわされており、『ドラゴンボール』では初登場の技であっさり勝利する場面は少ないです。
悟空も咬ませ犬のナッパこそ初出しの界王拳で倒したものの、元気玉はベジータに阻止されてクリリンが放つまさかの展開。しかも最終的には元気玉をもってしても、ベジータを倒しきることはできませんでした。
また、クリリンの拡散エネルギー波や気円斬はナッパに通用せず、ピッコロの魔空包囲弾は人造人間17号のバリアで防がれています。新技開発に熱心なベジータにおいてもギャリック砲やファイナルフラッシュはフィニッシュ技にならず……。
原作ではビッグバンアタックが、咬ませ犬的な存在の人造人間19号を破壊した程度でしょう。
逆に桃白白はどどん波、ギニューはチェンジでいずれも悟空に勝利しています。しかし、同じく悟空に勝ったジャッキー・チュンと違うところは、再戦の機会があったかどうかです。
悟空が桃白白とギニューに負けたあとは、すぐにリベンジのチャンスが訪れています。つまり、新しく飛び出した技で負けることで、再戦のときに1度敗れた技をどのようにして打ち破るのかというワクワク感が生んでいるわけです。
◆悟空にオリジナル技がないワケ
主人公がボス敵とのバトルでいきなり新技一発で決めてしまったらおもしろくありません。かといって事前に新技の存在を示唆していたとしても、それで勝ってしまったらシナリオ通りといった感じで意外性がないです。悟空にオリジナル技が少ないワケは、いかにこれまでの手札を駆使して勝つかというバトルのおもしろさを追求した結果なのではないかと思われます。
仮に戦闘中に悟空がいきなり新しい大技を出すと、その技に必然性と説得力を持たせるために覚えた経緯を回想シーンで説明しなければなりません。しかし、バトル中に安易に回想シーンを入れると、ストーリーのテンポを著しく悪くしてしまいます。
また、この場合の回想シーンは後説という意味合いになるので、どうしてもとって付けた感が出てしまうでしょう。かといって新技の伏線を張っておいても、それであっさり勝利してしまってはおもしろみがありません。
ベジータに元気玉を阻止されたときのハラハラ感、クリリンが元気玉を放つ展開のワクワク感はハンパなかったです。元気玉の伏線を張っておいてもあっさり勝ってしまっては、あの熱い展開は生まれていません。
いかに今ある手札で強敵を倒すかを追求すると、もっとも多く敵を倒す主人公の悟空はオリジナル技がないほうがバトルをおもしろくしやすいのだと考えられます。この原則があるからこそ、天津飯にかめはめ波そのものがきかないと判明したとき、フリーザ戦で悟空が既に界王拳10倍を使っていたと分かったときの衝撃は際立ちました。
『ドラゴンボール』のバトルを読み解くと、独自のルールのもと構成されていることが分かります。自ら制約を設けて戦闘を組み立てていくことは難しいでしょうが、そこには読者におもしろいものを届けようという作者の熱い気持ちが込められているといえるでしょう。
──『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助もオリジナル技がないどころか、作中で使っている技自体が少ないことで有名です。持っている手札で勝つバトルを突き詰めていくと、主人公は師匠に恵まれてオリジナル技が少なくなる傾向になるのかもしれません。
〈文/諫山就〉
《諫山就》
アニメ・漫画・医療・金融に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。かつてはゲームプランナーとして『影牢II -Dark illusion-』などの開発に携わり、エンパワーヘルスケア株式会社にて医療コラムの執筆・構成・ディレクション業務に従事。サッカー・映画・グルメ・お笑いなども得意ジャンルで、現在YouTubeでコントシナリオも執筆中。X(旧Twitter)⇒@z0hJH0VTJP82488
※サムネイル画像:Amazonより 『「DRAGON BALL 完全版」第22巻(出版社:集英社)』