『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の物語は、突如として14年もの時間が飛び、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の直後から続くと思っていた物語を根底から覆しました。シンジは目覚めると、見知らぬ世界で自分が何をすべきか分からず、観客もまた同じ戸惑いを共有します。

 実はこの“迷子”状態は偶然ではなく、庵野秀明監督が仕掛けた巧妙な演出だったのかもしれません。

 14年という長い時間の断絶は、ただの時間跳躍ではなく、観客に「説明されない」混沌を体験させることで、彼らをシンジと同じ立場に置き、物語の深みへと引き込むための装置だったといえます。

◆突然の14年後──『破』の続きだと思ったら違った

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のラストで覚醒したシンジがレイを救うシーン。あの劇的なクライマックスの続きを期待して、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を観た人は多かったはずです。ところが、始まったのはまったく別の世界でした 。

 WILLE(以下、ヴィレ)という新組織、空中戦艦・AAAヴンダー、髪の伸びたアスカ、冷淡なミサト、そして姿を消した加持リョウジ──。前作の余韻は跡形もなく、観客は完全に置き去りにされます。

 しかも14年という年月は、シンジにとっては“たった今の出来事”の続きでしかなく、時間の感覚が一致しないまま、「自分だけが取り残された」という孤独感を、観客も同じように味わうことになります。この体験の同期性こそが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の仕掛けの第一のポイントといえます。

◆なぜ“説明されなさ”を選んだのか?──観客をシンジと同化させる演出

 庵野秀明監督はかねてより、「観客をキャラクターと同じ感情に置く」ことを意識した演出を多用していることを、2021年3月放送のNHKのTV番組『プロフェッショナル仕事の流儀『庵野秀明スペシャル』』などで語っています。これは『シン・ゴジラ』における情報過多や混乱の演出にも共通しますが、意図的な“説明不足”は、観客にストレスを与えることで物語と現実を接続させる手法です。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』では、シンジの状況説明がほとんどないままストーリーが進みますが、もちろん誰も何も教えてくれません。味方だったはずの人々はよそよそしく、以前の価値観が通じない──。これはまさに、観客が劇場で体験する混乱そのものです。

 「物語を理解できない」という不安は、「自分がこの世界で何者なのか分からない」というシンジの感情と一致していくように設計されているのです。説明されないことで、観客は物語の“外”に立たされるのではなく、むしろ深く“中”に引き込まれていきます。

◆ネルフ vs. ヴィレ──味方も敵も分からない構図

 物語における組織の構造もまた、混乱を助長させます。NERV(以下、ネルフ)から分離した新組織・ヴィレは、旧ネルフを「敵」とみなし、EVAを破壊しようとします。ミサトやリツコまでもが、シンジの再搭乗に強い拒否を示し、彼に対して「首輪」をつけるという決定を下します 。

 かつてシンジを支えてくれていた大人たちは、彼に何も語らず、彼を“危険な存在”として扱うのです。

 さらにカヲルは、唯一シンジに寄り添う存在として登場しますが、その正体もまた“使徒”であり、「信じてよかったのか?」という視聴後のモヤモヤを残していきます。

 敵と味方の境界が曖昧なまま、シンジは“正しさ”を求めて再びEVAに乗り込もうとしますが、誰一人その決断を肯定してくれない──。この構造が、シンジをより深い孤独へと追い詰めていきます。

◆説明してはいけない物語──再構築のための混沌

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の評価をめぐって、「意味が分からない」「説明不足だ」と語られることがあります。 しかし、作品自体が“説明してはいけない構造”を持っていたとすれば、その批判は見当違いかもしれません。

 むしろ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、「再構築とは混沌の中からしか始まらない」という現実を突きつけてきます。破壊し、失い、迷子になる過程を通して初めて、本当の“再生”が始まる──。それが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で描かれる物語につながっているといえます。

 

 ──『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、観客の期待を大きく裏切った異色作です。しかし、その裏切りは、物語を“終わらせるため”の前提だったともいえるでしょう。

 何が正しいのか分からない。誰を信じていいかも分からない。けれど、それでも前に進まなくてはいけない。

 「説明されない」ことに不安を覚えるのは当然です。けれどその不安こそが、変化や再生の入口だったのかもしれません。シンジと一緒に迷子になった私たちは、もしかしたらあの瞬間、“何者かになるための旅”をもう一度始めていたのかもしれません。

〈文/anri 編集/乙矢礼司〉

 

※サムネイル画像:『「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」キービジュアル ©カラー』

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