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※この記事にはTVアニメ・原作漫画『葬送のフリーレン』のネタバレが含まれます。ご注意ください。

※本記事はTVアニメ・原作漫画『葬送のフリーレン』に関するライター個人の考察・見解に基づくものであり、公式の設定や見解とは異なる場合があります。

 千年を生きる大魔法使いフリーレンは、なぜ「くだらない魔法」の収集に熱中するのか。それは、たんなる趣味ではないのかもしれません。その行動の原点は、師フランメが最後に遺した「綺麗な花畑を出す魔法」に隠されていると考えられます。

 フリーレンの魔法収集は、魔族の命を奪うためだけに生きてきた彼女が、ヒンメルたちと知った「人の営み」の温かさを再び拾い集めるための愛おしい旅路なのではないでしょうか。

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◆「魔族の命を奪う魔法」と「花畑を出す魔法」──フランメが遺した二つの教え

 フリーレンの魔法観の根源には、彼女の師である大魔法使いフランメから受け継いだ、まるで正反対な二つの教えが存在します。

 一つ目は、彼女が生きていくための冷徹な「戦闘術」としての魔法です。フランメは、圧倒的な力を持つ魔族を確実に仕留めるため、「魔力を欺いて相手を油断させ、命を奪う」という、極めて実践的な技術をフリーレンに叩き込みました。故郷を魔族に襲われ、一人ぼっちになった彼女にとって、「魔族の命を奪う魔法」は、復讐のためであり、そして何より、このさき生きのこるための唯一の術だったといえます。

 しかし、そんなフランメが、フリーレンとの長い旅の終わりに形見として遺した魔法は、戦闘とはまったく無関係なものでした。

 それが、「綺麗な花畑を出す魔法」です。フランメは、この何の役にも立たない魔法を、「私が一番好きな魔法」だといってフリーレンに託しました。この言葉には、彼女の最後のそしてもっとも重要な「教え」が込められていたのではないでしょうか。

 魔法とは、魔族の命を奪うための冷たい道具であるが、それだけではない。人の心を和ませ、誰かを笑顔にすることもできる、温かい力でもある。フランメは、フリーレンが復讐だけの暗い人生を送らないように、このささやかな魔法を未来への「お守り」として遺した可能性が高いです。

 フリーレンの魔法の根幹には、「魔族の命を奪うための力」と、「人を喜ばせるための心」、この二つの教えが常に同居しています。彼女の「くだらない魔法」集めは、この後者の教えを、千年という長い時間の中で無意識のうちに実践している行為なのかもしれません。

◆「ヒンメルならそうした」──「くだらない魔法」に価値を与えた勇者

 フランメが遺した「花畑の魔法」。しかし、その本当の意味をフリーレンに教えたのは、師ではなく一人の人間、勇者ヒンメルでした。

 ヒンメルたちとの旅が始まった当初、フリーレンはフランメの教えの通り効率を何よりも重視し、人助けのような「寄り道」を嫌っていました。彼女にとって、戦闘に役立たない民間魔法は、やはり「くだらないもの」でしかなかったのでしょう。

 しかし、勇者ヒンメルは、どんな小さな人助けでも決して見過ごしませんでした。「皆に覚えていて欲しいと思ってね」と冗談をいいながら、彼は困っている人を助け、その町の文化に触れ、自らの銅像を作ってもらっていました。その一つ一つの行動が、フリーレンに「人の営み」の尊さと、誰かのために自分の力を使うことの喜びを、10年という長い時間をかけてその背中で教え続けたといえます。

 そしてヒンメルたちとの旅の中で、フリーレンが集めた「くだらない魔法」は、その価値を大きく変えていきました。

 「石を人形のように操る魔法」や「かき氷を出す魔法」など、ヒンメルたちに披露したこれらの魔法は、戦闘では何の役にも立ちません。しかし、ヒンメルたちはその魔法を見て笑い、褒めてくれていたこともフリーレンは語っています。

 魔法を披露した描写はありませんが、フリーレンはほかにも「くだらない魔法」をヒンメルたちに披露している可能性が高いです。この小さな経験の積み重ねが、フリーレンの中で「くだらない魔法」をヒンメルたちとのかけがえのない思い出が詰まった「宝物」へと変えていったのではないでしょうか。フリーレンの魔法収集に本当の意味を与えたのは、勇者ヒンメルだと考えられます。

 彼との旅を通じて、彼女はフランメが遺した「花畑の魔法」の本当の意味、すなわち「魔法で人を笑顔にすることの価値」を、初めて心で理解していたのかもしれません。彼女が今も続ける魔法収集は、ヒンメルならそうしたであろう、人助けの旅。そして、彼との思い出を辿る、愛おしい旅そのものだといえるでしょう。

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◆魔法は「祈り」──ゼーリエとの対比で見るフリーレンの答え

 フリーレンが「くだらない魔法」に価値を見出すその独特な魔法観は、彼女の師の師であり、大陸魔法協会の創始者である大魔法使いゼーリエと比べることで、より鮮明になります。

 千年以上の時を生きるゼーリエは魔王軍との長い戦禍の時代の、洗練された魔法使いを求めています。そのため、卓越した魔法を極める彼女にとって人々の生活に根差した民間魔法は、まさしく「くだらない」「時間の無駄」でしかありません。魔法とは、彼女にとって「力」の象徴といえるでしょう。

 一方、フリーレンが追い求めるのは歴史ではなく、人の「心」を変える魔法といえます。「甘い葡萄を酸っぱい葡萄に変える魔法」は、世界の歴史を1ミリも動かすことはありません。しかし、それはともに旅をしたフェルンやアイゼンを笑顔にし、その一日の思い出をかけがえのない宝物に変えてくれます。

 この考え方の根源にあるのが、やはり師フランメが遺した「花畑を出す魔法」なのではないでしょうか。ヒンメルの死後、彼の魂ともう一度話したいと願うフリーレンの永い旅。その孤独な心を、この魔法は何度となく慰めてくれました。

 そしてその魔法は、ヒンメルの銅像を彩るために蒼月草を探すきっかけとなり、フェルンとの絆を育むことにもつながりました。フランメが「平和な時代」を願って遺したこの魔法は時を超え、フリーレンの「仲間との絆を守りたい」というささやかな「祈り」へと、確かに受け継がれたといえるでしょう。

 ゼーリエが魔法に絶対的な「力」を求めるのに対し、フリーレンは魔法に人とのつながりである「心」を求めているのかもしれません。

 彼女の「くだらない魔法」収集は、魔族を倒すためでも、歴史を変えるためでもありません。それはヒンメルたちが愛した人々のささやかで、しかし何よりも尊い営みを守り、大切な仲間たちと一日でも多く笑顔でいるための彼女なりの「祈り」だと考えられます。それこそが、彼女が千年の旅の果てに見つけ出した、魔法の本当の価値なのではないでしょうか。

 

 ──フリーレンが「くだらない魔法」を集める理由。それは、師フランメの「魔法は人を笑顔にできる」という教えと、その価値を教えてくれた勇者ヒンメルの思い出を、再び拾い集めるためだと考えられます。

 彼女の魔法収集は、過去の思い出を辿る旅であり、同時にフェルンたちとの未来の思い出を創る、希望の旅路でもあるのではないでしょうか。

 彼女の魔導書が、たくさんの笑顔を生む宝物で満たされるとき。彼女はきっと、ヒンメルが愛した、誰よりも人間らしい魔法使いになっていることでしょう。

〈文/凪富駿〉

《凪富駿》

アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。

 

※サムネイル画像:TVアニメ『葬送のフリーレン』公式サイトより 『「葬送のフリーレン」第2話 場面写真 (C) 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会』

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