『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に登場するνガンダムは富野由悠季監督の最初のアイデアそのままにデザインやネーミングが決まっていたら、まったく印象の異なる機体になっていた可能性がありました。
機体のデザインを考えるうえでのリアルな逸話、物語の中の機体設定にははたしてどのようなものがあったのでしょうか。
◆「マントを付けたい」発言でまさかのSDガンダム風?
νガンダムは富野由悠季監督から出された「マントを付けたい」というコンセプトのもと、デザインのアイデア出しが進められました。最終的にフィン・ファンネルという形で実現されましたが、もしかしたら文字通りの布地のマントを装備するガンダムになっていた可能性もあったでしょう。
マントを付けたガンダムといえばSDガンダムでは珍しくないですが、あちらの作品は機体に人格があって言葉を話します。1988年に公開された『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のタイミングでνガンダムがマントを装備していたら、話し出しそうでやはり違和感が大きかったように思います。
ただ、1994年から連載された漫画『機動戦士クロスボーン・ガンダム』では、アンチ・ビーム・コーティング・マント(通称、ABCマント)が登場。これは特殊繊維にビームコーティング素材を配合して形成した布地のマントで、量産型F91のヴェスバーの直撃からも機体を守るほどの性能を持っています。
このようにマントといえば守りの道具というイメージですが、シャアを打倒するための機体であるνガンダムにとっては攻撃手段がほしいところ。そういう意味でもオールレンジ攻撃兵装であるフィン・ファンネルという形で実装されたのでしょう。
一方でフィン・ファンネルはIフィールド・バリアを展開できる機能まで持っており、その点はまさにマントというコンセプトが残っているといえます。
また、作品の中ではケーラを人質にとったギュネイがアムロにνガンダムの武装を解除するように要求。それに従ってフィン・ファンネルを外しますが、ギュネイは放熱板を外してごまかそうとしていると勘違いします。
これによって結果的にケーラの命を奪われてしまう悲劇が……。νガンダムのデザインをしっかりストーリーに絡めて、はかなく命が散っていくシーンを演出するところは秀逸といえるでしょう。
◆危うく赤っ恥ネーミングにされるところだった
νガンダムの名前は当初、シャアを超えるガンダムという意味で「Hi-Sガンダム」(ハイエスガンダム)と命名される予定でした。富野監督はシャア(Char)のイニシャルが「S」と勘違いしており、このまま名づけられていたら「赤い彗星」を超えるどころか赤っ恥ネーミングになるところでした。
幸運なことにというか、当然のごとくシャアの正しいスペルが「C」から始まることに気づいて名前は変更されることに。新しいガンダムからNEWガンダム、さらには英語の部分をギリシャ文字の表記に変えてνガンダムとなりました。
スペルの間違いに気づいても、もしシャアを超えるガンダムというネーミングのコンセプトがそのままであればHi-Cガンダムになっていたでしょう。しかし、こんなジュースみたいな名前のガンダムで戦っていたら、アムロはきっとシャアの気迫に飲まれてしまっていたと思います。
◆高性能なのにたった3ヵ月で完成?
νガンダムはシャアが乗るサザビーに対抗するためのモビルスーツだけあって高性能ですが、実質3ヵ月という異例の短期間で完成したとされています。最後は落下するアクシズを押し返して地球を救ったνガンダムでしたが、劇中でその後の描写はされておらずアムロが乗って活躍した期間も極端に短かったといえるでしょう。
当時のモビルスーツではネオ・ジオン軍の最新ニュータイプ専用機に対抗できなくなっていたことから、ロンド・ベル隊の要請を受けて地球連邦軍が発注。開発プロジェクト主導者はチェーン・アギで、設計にはアムロも参加していることからνガンダムの基礎設計自体はU.C.0092年12月末時点でほぼ固まっていました。
さらにはΖガンダムを製造したときの設計技術と製造設備が整っていたため、それらのうち半分以上を流用。このことからラフな組み立てなら2週間程度ででき、アムロも「まるでプラスチック・モデル並のスピードだな」と称賛の言葉を漏らすほどです。
しかし、驚異のスピードである反面、急ピッチでの製造による欠点も……。νガンダムはフィン・ファンネルの回収機能を持っておらず、あれだけ高性能なのに使い捨てというもったいない装備となっています。
また、フィン・ファンネルは機能が多く高性能なぶん大型化されました。そのため、サザビーやキュベレイが持つファンネルように隠匿性がなくなってしまっているところも欠点といえます。
νガンダムのデザインのかっこよさと作中での強さからはそんな風には見えませんが、急造だった代償はしっかりあったというわけです。搭乗していたのがアムロだったからこそ、あれだけの性能を発揮できたのでしょう。
◆νガンダム量産計画は邪な気持ちから始まった?
もともとνガンダムは量産機とすることを前提で開発が始まりましたが、これは連邦政府から開発費を引っ張って来るための口実でした。アムロが乗ったモビルスーツの中でもずば抜けて高性能ですが、裏にはお金にまつわる切実な大人の事情があったというわけです。
そういった事情もあって当初は量産化を視野に入れて開発されていましたが、途中からアムロ専用機として性能を高める方向にシフト。その結果、量産するにはとんでもなく高価な機体となりました。
しかし、ネオ・ジオン軍のギラ・ドーガに対して、ロンド・ベル隊の主力であるジェガンは明らかに力不足。サイコミュ搭載機であるヤクト・ドーガが量産されるリスクも想定して、νガンダムの量産化計画は動き出します。
といってもエース・パイロット用に少数を生産する計画でした。ところがその計画についてもやはりコストが高すぎること、第2次ネオ・ジオン戦争が思っていたより早く終わったこともあり、試作機1機が完成したのみで量産化は白紙となってしまいます。
派手な戦闘やパイロットの活躍、かっこいいモビルスーツの躍動は『機動戦士ガンダム』シリーズの魅力です。しかし、戦争をするにはやはり莫大なお金がかかるという切実な問題と教訓がその裏には隠されているのかもしれません。
──νガンダム一つとってもその設定は膨大です。さらには作品の制作陣による開発秘話も含めれば、『機動戦士ガンダム』シリーズを楽しめる要素は2倍、3倍にもふくらむことでしょう。
〈文/諫山就 @z0hJH0VTJP82488〉
《諫山就》
アニメ・漫画・医療・金融に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。かつてはゲームプランナーとして『影牢II -Dark illusion-』などの開発に携わり、エンパワーヘルスケア株式会社にて医療コラムの執筆・構成・ディレクション業務に従事。サッカー・映画・グルメ・お笑いなども得意ジャンルで、現在YouTubeでコントシナリオも執筆中。
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