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 天真爛漫な笑顔の裏に隠された、血への渇望。多くの人々を恐怖に陥れたヴィラン・トガヒミコ。しかし、彼女のすべての行動の始まりが、「好きな人と同じになりたい」という、“普通の願い”だったとしたら、どうでしょう。

 彼女は生まれながらのヴィランだったのか。それとも、ヒーロー社会が彼女をヴィランへと変えてしまったのか。彼女はただ「普通」にかわいくなりたかった一人の少女だったのかもしれません。

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◆「普通」という名の“仮面”──「変身」の個性が奪った少女の日常

 トガの悲劇の根源を探るヒントは、彼女の幼少期にあります。回想で描かれたのは、血を吸った小鳥の亡骸を、愛おしそうに両親に見せる少女の姿でした。「かわいいね」と微笑む彼女の感情は、決して悪意から生まれたものではなかったはずです。

 それは、彼女が生まれ持った「変身」という個性と深く結びついた、あまりに純粋な愛情表現でした。「好き」という感情が高まり、対象と一つになりたい、そのものになりたいと願う。その結果として現れる「血を吸う」という行為は、彼女にとってごく自然な心の動きだったのかもしれません。

 しかし、その純粋な気持ちは、もっとも身近な存在である両親によって無慈悲に否定されます。「普通じゃない」「気味が悪い」。彼らが求めたのは、ありのままの彼女ではなく、世間一般の「普通」という枠に収まった娘の姿でした。この瞬間から、トガは自分の本心を隠し、「笑顔」という名の仮面をかぶって生きることを強いられます。

 これは、トガ一家だけの問題ではありません。ヒーロー社会が持つ「分かりやすく、社会の役に立つ個性こそが善である」という、画一的な価値観の押し付けそのものだといえます。その「普通」の物差しから外れた個性は、たとえ本人に悪意がなくとも、ときに矯正や差別の対象となってしまうのです。

 トガの悲劇は、まさにここから始まりました。社会と両親に「ありのままの自分」を否定され続けた少女の心は、笑顔の仮面の下で静かに壊れ、歪んだ愛情は行き場をなくし、増幅していったといえるでしょう。

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◆「生きにくい世の中だね」──ステインとの出会いと“本心の解放”

 「普通」の仮面をかぶり続けたトガの心は、限界を迎えます。同級生の血を吸う事件を起こし、彼女は社会から追われる身となりました。

 そんな彼女が暗闇の中で見つけた一筋の光が、ステインでした。彼の「偽物を排除し、本物を作る」という思想は、社会の「普通」に押しつぶされてきたトガにとって、初めて自分の生き方を肯定してくれる、救いの言葉のように聞こえたのではないでしょうか。

 ステインに心酔し、たどり着いたのがヴィラン連合でした。そこは、社会から爪弾きにされた者たちが、歪んだ本音を隠さずにいられる場所。特に、同じ境遇のトゥワイスとの間には、いびつな形ながらも純粋な友情が芽生えます。それは、彼女が生まれて初めて手に入れた、ありのままでいられる「本当の居場所」だったといえます。

 かつて否定され続けた「好きな人の血を吸い、その人になる」という愛情表現。それは、ステインの思想という「大義名分」と、ヴィラン連合という「居場所」を得たことで、もはや隠すものではなくなりました。むしろそれこそが自分の「信念」なのだと、彼女は確信していたと考えられます。

 社会がトガのありのままを受け入れていれば、彼女がヴィランになる必要はなかったのかもしれません。皮肉にも、ヒーロー社会が与えなかった「共感」と「居場所」をステインとヴィラン連合が提供し、結果的に彼女を本格的な悪の道へと導いてしまったといえるでしょう。

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◆お茶子との対峙──もし彼女が“ヒーロー”になっていたら?

 「普通」になれず、ヴィランとしての道を突き進んだトガ。そんな彼女が最終決戦で対峙したのが、奇しくも同じ「恋する乙女」である麗日お茶子でした。

 二人の戦いは、たんなるヒーローとヴィランの激突ではありません。「恋バナ」という形で交わされる言葉の裏には、「普通とは何か」「好きという気持ちはどうすれば受け入れられるのか」という、切実な問いが横たわっていたのです。

 そして、お茶子はトガの「好きな人と同じになりたい」という気持ちを否定しませんでした。彼女の孤独と痛みに寄り添おうとするその姿勢は、トガがずっと求め続けた、初めての「肯定」だったといえるでしょう。

 社会がトガの個性を正しく理解していたら、どうなっていたのでしょうか。彼女の「変身」は本来、潜入捜査や災害救助で絶大な力を発揮するヒーロー向きの能力といえます。彼女の「好き」という気持ちが「助けたい」という方向に向かっていれば、誰よりも相手に寄り添える、最高のヒーローになっていたかもしれません。

 お茶子自身も、貧しい家族を助けたいという「個人的な動機」からヒーローを目指していました。その点では、トガの「好き」という動機と本質的な違いはなかったのではないでしょうか。二人の運命を分けたのは、彼女たちの個性が社会の「分かりやすい正義」の枠に収まるか否か、ただそれだけだったと考えられるでしょう。

 トガは、生まれながらのヴィランではありませんでした。彼女は、ヒーロー社会が持つ「個性の画一性」と「不寛容さ」が生み出した、悲劇の少女といえます。お茶子との出会いは、彼女がヒーローになれたかもしれない“もう一つの未来”を、あまりに切なく照らし出しているのかもしれません。

 

 ──トガをヴィランに変えたのは、彼女自身の邪悪さではなく、「普通ではない」と断罪し続けたヒーロー社会の不寛容さだったのかもしれません。

 彼女の悲劇は、誰もがヴィランになり得る、この世界の根深い問題を浮き彫りにしているといえます。「普通」とは何か、「正義」とは何か。トガが突き付けた問いは、ヒーローたちだけでなく、この物語に触れる人々の心にも重く突き刺さるといえるでしょう。

〈文/凪富駿〉

《凪富駿》

アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。

 

※サムネイル画像:ベルファイン公式Webサイトより 『「トガヒミコ 1/8 完成品フィギュア」(発売元:株式会社タカラトミー 販売元:ベルファイン) ©堀越耕平/集英社・僕のヒーローアカデミア製作委員会』

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