※本記事には映画『ハウルの動く城』および原作『魔法使いハウルと火の悪魔』の内容が含まれます。ご注意ください。
『ハウルの動く城』は、恋と魔法の物語に見えて、実は家族関係や小道具の細部までかなり細かい設定が隠されています。たとえば、ソフィーは18歳、ハウルは27歳という設定で、見た目や振る舞いの印象とは逆に、2人には9歳の年齢差があります。さらに、ハウルが絶望したときに出るドロドロの正体や、映画にはほとんど出てこないソフィーの末妹、かかしのカブが王子になった経緯までたどると、本編を見返したくなる意外な裏側が見えてきます。
◆ハウルはなぜ少年のように見えるのか ソフィーとの9歳差と母ファニーの謎
物語を通して互いに惹かれ合っていくソフィーとハウルですが、実年齢だけを見ると、2人の印象は少し変わります。呪いによって老婆の姿にされたソフィーは、眠っているときや感情が動いたときに若返るような描写がありますが、設定上は18歳です。
一方のハウルは、部屋を散らかし放題にしていたり、髪の色が変わっただけで「美しくなかったら生きていたって仕方がない」と落ち込んだりと、どこか少年のような弱さを見せます。しかし、ハウルは27歳という設定です。しっかり者で落ち着いたソフィーのほうが、実は9歳年下という点は、あらためて見ると少し意外です。
ソフィーの家族関係にも、映画だけでは分かりにくい事情があります。原作『魔法使いハウルと火の悪魔』では、ソフィーは父ハッターと最初の妻の子で、ソフィーが2歳のときに母が亡くなったとされています。その後、父は後妻のファニーと再婚し、レティーとマーサが生まれました。
映画でも、母ファニーと妹レティーは金髪で華やかな見た目が似ていますが、ソフィーはあまり似ていません。深く説明される場面はないものの、家族の血縁関係の違いが、さりげなく画面に残されているようにも見えます。
◆ハウルのドロドロは何だったのか 絵コンテに残された“セロリのソース”
ハウルの幼さがもっとも強く出る場面の一つが、髪の色をめぐる騒動です。ソフィーが風呂場の棚を整理したことでまじないが乱れ、ハウルの髪は思わぬ色に変わってしまいます。するとハウルは絶望し、体から青いドロドロとした液体を出してしまいました。
このドロドロの正体については、2004年11月に徳間書店から出版された『スタジオジブリ絵コンテ全集14 ハウルの動く城』に手がかりがあります。同書の絵コンテには、ハウルから垂れるものについて「青いねばねば(セロリのソース)」と記されています。
なぜセロリなのか、ハウルとセロリの間に特別な因果関係があるのかまでは語られていません。ただ、劇中ではただの魔法的な液体に見えるものにも、具体的な質感やイメージが用意されていたことが分かります。
また、同じ場面でソフィーが「何もいじってないわ。きれいにしただけよ」と返すくだりについても、絵コンテには「(本当はいじった)」という趣旨のメモがあります。セリフだけでは見逃してしまいそうな小さな嘘まで書き込まれている点に、スタジオジブリ作品らしい細部へのこだわりが感じられます。
◆マーサは本当に心臓を食べられたのか 映画に残った“妹”の気配
映画に登場するソフィーの肉親は、母ファニーと妹レティーが中心です。しかし、原作『魔法使いハウルと火の悪魔』には、三女のマーサも登場します。映画ではマーサ本人の姿は描かれず、「ハウルに心臓を食べられた女の子」の噂や、「中折れ谷に末の妹がいる」という話の中に、その存在がにじむ程度です。
原作では、レティーとマーサはそれぞれ菓子店と魔法使いの見習い先へ行きますが、魔法で互いの姿を入れ替えています。さらに、マーサはハウルの弟子マイケルと恋人同士でした。映画ではマイケルではなくマルクルが登場するため、この関係性は大きく整理されています。
そう考えると、マーサが本当にハウルに心臓を食べられたというより、原作にある「美女の心臓を食べる魔法使い」という噂が、映画の中で形を変えて残ったものと見るほうが自然です。作中で直接説明されない人物が、噂話としてだけ残っているからこそ、ハウルをめぐる不穏さがより強く見えるのかもしれません。
◆かかしのカブはなぜ王子になったのか 制作現場で加わったもう一つの結末
ソフィーを何度も助けるかかしのカブも、映画と原作で大きく違う存在です。映画では、カブは魔法で姿を変えられていた隣国の王子であり、ソフィーのキスによって元の姿に戻ります。そのうえで、ハウルとソフィーの関係を受け止め、戦争を終わらせるために国へ帰っていく紳士的な人物として描かれました。
しかし、原作『魔法使いハウルと火の悪魔』には、カブが王子だったという設定はありません。原作でのかかしは、ソフィーを執拗に追いかける不気味な存在として描かれています。
この映画版の設定については、2025年5月に中央公論新社から出版された『エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ』で、動画チェック担当の舘野仁美氏のアイデアだったことが明かされています。当初、宮崎駿監督はその案を却下したものの、最終的には採用され、カブは“実は王子だった”という結末を与えられました。
カブの設定は、物語の最後に戦争終結への道筋を作るだけでなく、ソフィーが誰かを救う存在であることも印象づけています。原作から大きく変わった部分ですが、映画版の余韻を支える重要な変更だったといえそうです。
──『ハウルの動く城』には、映画の中で大きく説明されない設定が数多く残されています。ソフィーとハウルの年齢差、家族関係の違和感、ハウルのドロドロに付けられた具体的なメモ、マーサの存在、そしてカブが王子になった制作上の経緯。どれも本筋を知らなくても物語は楽しめますが、知ると見え方が少し変わる要素です。
ハウルの弱さやソフィーの強さ、家族の複雑さ、そしてラストの温かさは、こうした細部の積み重ねによって支えられているのかもしれません。何気ない一場面にも裏側の設定や制作現場の判断が残っているからこそ、『ハウルの動く城』は何度見ても新しい発見がある作品として愛され続けているのでしょう。
〈文/秋山緑〉
《秋山緑》
アニメ・漫画・ゲームを中心に、エンタメ領域の記事制作に携わるライター。話題作から長年愛される名作まで幅広く扱い、作品の魅力やキャラクターの関係性、印象的なシーンを読者目線でわかりやすく伝える記事制作を得意とする。アニギャラ☆REWでは、アニメ・漫画作品のコラムや解説記事を担当している。
※サムネイル画像:『「ハウルの動く城」場面写真 © 2004 Diana Wynne Jones/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDMT』


