『HUNTER×HUNTER』には一見、矛盾しているように感じるキャラクターの行動、カイトが少女に生まれ変わった仕組みなど疑問に思える点があります。ゲンスルーが「リスキーダイス」を振った理由、カイトが自らの魂を転移させた能力とは?
◆ゲンスルーは「リスキーダイス」をなぜ振った?
ゲンスルーは「税務長の籠手」を使ってツェズゲラ組からカードを奪う作戦を決行する前、サブとバラだけに危険を背負わせないと「リスキーダイス」を振りました。彼は「ヤバイ橋を渡る時は3人いっしょだ」と言っていましたが、この行動にはこの後のゴン組対ゲンスルー組の戦いに読者の目を集中させる意図があったと思われます。
20面体のサイコロである「リスキーダイス」は、1面だけ大凶でその他の面は大吉です。大吉が出るととんでもない幸運が起こりますが、大凶が出るとそれまでの大吉分がチャラになるほどの不幸が訪れます。しかも、すべての「リスキーダイス」は連動していて別の人、別のサイコロで出た大吉分も蓄積され、大凶を出した人にその分の不幸も降りかかる仕組みです。
そのため、ゲンスルーが「リスキーダイス」で大凶を出していれば死んでいた可能性もありました。サブからも「意味ねームチャすんなよ」とたしなめられていましたが、ツェズゲラ組との駆け引きを見ても慎重で用意周到な性格のゲンスルーがこのような無謀な行動に出たことに違和感を覚えた読者もいたのではないでしょうか。
とはいえ、この行動一つで読者からすれば突如出て来た感があるサブ、バラとゲンスルーの3人の結束がいかに強固なものであるかが伝わりました。なにせゲンスルーはハメ組の初期メンバーの1人で、このグループが結成されたのは5年前です。
長期間、一緒に過ごして苦労や喜びを共有したにもかかわらずニッケスたちに特別な感情を持つことなく、盛大に裏切ったうえあっさり命を奪っています。このことから、ゲンスルーに対して、ものすごく冷酷で非情なイメージを持った人は多いでしょう。
しかし、この印象のままストーリーが進んでしまうと、読者の頭にはゲンスルーがいつかサブやバラも陥れて裏切るのではないかという考えが残ってしまいます。そして、ゴン組との戦いで不利な状況になればなるほど、保身のためにゲンスルーが仲間を裏切る可能性は高くなるでしょう。
そうなるとゲンスルー組対ゴン組の対戦のとき、ゲンスルーがいつ裏切るのかということに多かれ少なかれ読者の意識をそがれてしまいます。これを解消させるには回想シーンでゲンスルーたちの関係性を読者に示すという方法もありますが、こういった手法をメインキャラクター以外で使うのはストーリーのテンポを悪くしがちです。
回想シーンを使わずに、ゲンスルーが「リスキーダイス」を振る1シーンで彼らの関係性の強さを示したのは秀逸といえるでしょう。そして、これによってゴン組とゲンスルー組の戦いに読者の意識を集中させることにも成功しています。
◆キルアはなぜ格上のサブに立ち向かえた?
キルアの額にはイルミの針が刺さっており、命を危険に晒さないため格上の相手からは逃げる行動を取るように意識を操作されていました。しかし、ゲンスルー組との戦いでは格上であるはずのサブに立ち向かっているので、疑問に感じた読者もいたかもしれません。
ゲンスルーを倒した後、現れたアベンガネはゲーム当初より強くなったものの、ゲンスルーと比較するとまだ力不足とゴンたちのことを評価しています。つまり、この時点ではやはりキルアよりサブのほうが格上だったということでしょう。
このあと、キルアはラモットとの戦いでイルミの呪いとゴンを守るという気持ちの葛藤で体が固まり、やられ放題となります。このときキルアを縛る言葉がいくつも頭の中に浮かんで来ますが、その中には「逃・ゲ・ロ」「敵は未知数」に加えて「確実に勝てない時は避け…」というのもありました。
つまり、勝てる自信があるときにはイルミの針による作用は働かないということでしょう。サブは格上といっても大きな戦力差はなく、キルアには電撃とヨーヨーという武器もありました。さらには入念な準備もしていたので、キルアには勝算が十分あり行動を縛るには至らなかったと思われます。
また、ビスケたちはアベンガネから聞いてゲンスルーの命の音(カウントダウン)と一握りの火薬(リトルフラワー)の能力を知っていました。その能力の強大さ、ゲンスルーが一握りの火薬(リトルフラワー)を使えるだけのメモリを残していたことから、命の音(カウントダウン)の能力はサブとバラの負担が大きく、ほかの能力を使えるだけのメモリはないという目算もあったのかもしれません。
◆カイトが少女に転生した仕組みは?
ネフェルピトーに倒されたカイトは、その後キメラ=アントの女王から生まれた1人の少女に転生しました。この魂の移動の仕組みやカイトの能力については謎に包まれていますが、コアラのキメラ=アント(以下、コアラ)が少女の正体について語っています。
コアラが生まれ変わった少女カイトに話していた内容をまとめると、以下の3つです。1つ目は記憶を取り戻したキメラ=アントは、生前の魂をそのまま引き継いでいるということ。2つ目は魂を引き継いだ場合、死ぬ前の人生と同じことを繰り返す傾向があり、それをバカげたサイクルだと言っています。そして、3つ目はそのサイクルから魂が解放された場合、その体には別の魂が入るとのことです。
コアラには死ぬ前に殺し屋をやっていた記憶があり、キメラ=アントとして生まれ変わっても人の命を奪うことを生業としている自分に同じことを繰り返していると感じていました。そのため、キメラ=アントたちに命を奪われていく人間が魂をそのままに生まれ変わっても、再び搾取される立場になると思い少女の魂が解放されることを祈りながら撃ちました。
そして、その少女と生まれ変わったカイトが似ていることから、少女の魂は解放されてその体にカイトの魂が入ったのではないかと考えています。コアラの言葉通り、母親想い、妹思いで家族のために魚を釣りに出ていたコルトは、キメラ=アントになってからも餌を調達することに熱心でした。しかし、無駄に命を奪うことは嫌い、自分を産んだ女王蟻のことをもっとも気にかける母親想いの一面を見せています。
また、ウェルフィンも生前に自分たちの王として認めていたジャイロを追って旅立ちました。このことから魂を引き継いだ者は、やはり同じサイクルを歩む傾向があるといえるでしょう。
コアラの考えからすると少女の魂はバカげたサイクルから解放され、その体には代わりにカイトの魂が入ったことになります。しかし、カイトは女王蟻に捕食されてはいないので、その魂がどのようにして少女の体に入ったのかというのは疑問です。
これにはやはりカイトの能力である気狂いピエロ(クレイジースロット)が関係しているでしょう。ジン曰く、カイトに念能力や技を教えたのは彼であり、気狂いピエロ(クレイジースロット)には「ゼッテー死んでたまるか」と本気で思わないと出ない番号があるとのこと。
つまり、カイトはネフェルピトーとの戦いで最初に出たロッドをはじめ、複数の武器を使って技を繰り出したものの、大きなダメージを与えられず次第に追い詰められていきます。ネフェルピトーは自分の強さがどのくらいか知るためカイトに戦いを仕掛けたこと、彼女がダメージを負っていたこと、カイトとの戦いが楽しかったと言っていることから、戦闘時間はある程度長かったと考えられるでしょう。
そして、カイトが首をはねられる前に「ゼッテー死んでたまるか」と思ってルーレットを回して出たのが、ジンが言っていたナンバーだったはずです。
能力の内容としては、カミーラの百万回生きた猫(ネコノナマエ)に近いでしょう。この能力はカミーラの死によって発動するカウンター型で、死後強まる念によって相手の命を奪って彼女を蘇生します。
カイトの能力も死んだときに発動すると予想されますが、カミーラのように最初から自分が死ぬこと前提というとんでもない覚悟があるわけではないため、死後強まる念といっても相手の命を奪うまでの強さはないはずです。しかし、近くで生まれる命にカイトの魂を宿らせることは可能だと思われます。
このような能力の仕組みでカイトの魂は、コアラに撃たれて解放された少女の体に入って生まれ変わったのでしょう。
◆絶を使えないヒソカはなぜ幻影旅団に見つからない?
ヒソカはクロロとの戦いに負けて息は吹き返したものの左手の指と右足を失い、その部分を伸縮自在の愛(バンジーガム)で型取り、薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)で装飾しています。そのため、現在のヒソカは絶を使えないはずで、どうして幻影旅団に見つからないのかという疑念が浮かんでいます。
常に2つの能力を発動しているわけですから、その状態では絶を使えないのは確実でしょう。しかし、ヒソカが幻影旅団に見つかっていないのは、単純にブラックホエール号が広いからだと考えられます。
つまり、現在のヒソカは円を使われて探索されれば確実に見つかりますが、幻影旅団にゼノのような広範囲の円を使える者はいないようです。そもそもヒソカは幻影旅団に見つかって不都合があるわけではないですから、絶を使って隠れる必要もないでしょう。
それではコルトピとシャルナークを襲撃したときはどうだったのでしょうか。ヒソカはトイレに行っていたコルトピの不意を突いて襲っていますから、気付かれることなく近づいたのだと思われます。
といっても左手と右足が不自由になることに目をつぶれば絶を今まで通り使えますから、その状態で近づいたのかもしれません。しかし、コルトピの命を奪ったときには念能力を発動しているはずで、シャルナークはそれに気付いてはいないです。
しかし、これは不思議なことではなく、ウボォーギンは常に鎖を具現化しているクラピカと同じホテルにいながら気づきませんでした。また、ゼノとシルバは同じビルで密室遊魚(インドアフィッシュ)を使って戦っている最中のクロロの場所を感知できなかったです。
逆にアルカを連れたキルアを追いかけるときに殺気がダダ漏れしてしまったイルミ、メルエムとの戦いに備えて牙を研いでいたネテロ会長は距離があってもキルアにその存在を気付かれています。また、念についての知識がなく、隠す術を知らなかったハルケンブルグたちのオーラの鳴動は周りに伝わっていました。
そのため、オーラを見る、オーラに触る、もしくは殺気やオーラを隠すことなくダダ漏れにしていない限りはオーラを出していても気づかれないのでしょう。ヒソカがコルトピを襲ったとき殺気を一瞬に抑えていれば、シャルナークが気づかなくても不自然ではありません。
ただ、ゴンやキルアがマチとノブナガを尾行していた状況では話が違います。このときは絶を使っていても、マチとノブナガは尾行があることに気付いていました。
絶状態だったためゴンやキルアは場所を特定されませんでしたが、現在のヒソカのように常に能力を発動していればすぐに居場所がバレてしまうでしょう。
そのため、コルトピに関しても尾行してトイレチャンスに襲ったわけではなく、たまたま遭遇して先に見つけたヒソカが殺気を抑えつつ急襲したのだと思われます。
念を発動しているかどうかより殺気やオーラが大きく漏れていたり、ターゲットに対して意識を向けていたりするほうが気付かれやすいということなのでしょう。
──漫画では読者に伝えておもしろい部分、意味のある部分しか描かれていないため、疑問に感じることもよくあります。しかし、省略されたシーンを考察してみると、そこには緻密な設定と深い意味があるケースもあるはずです。
〈文/諫山就〉
《諫山就》
フリーライターとして活動中。漫画・アニメ・医療・金融などの記事、YouTube用シナリオを執筆・編集しています。
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