なぜ、クラピカの鎖は読者の心を縛って離さないのでしょうか? その答えは、「制約と誓約」という残酷なシステムの中にあると考えられます。読者がこの物語に感じる“痛み”と、それでも惹きつけられる“美しさ”は、彼らが魂を燃やして放つ、純粋な輝きといえます。

◆「魂」を削る者が最強になる──念能力の恐ろしすぎる“本質”

 少年漫画の王道である「努力」や「友情」の世界とは異なり、『HUNTER×HUNTER』の戦いは厳しいルールに支配されています。

 物語の根幹をなす「念能力」の面白さは、まるで取引のような等価交換の原則にあります。何かを得るには、相応の何かを支払わなければならない。この当たり前で残酷なルールが、作品全体に深みと緊張感を与えているのです。

 この等価交換を象徴するシステムが「制約と誓約」です。自らの念能力に「心に誓うルール(制約)」と、それを破った際の「罰(誓約)」を課すことで、能力を飛躍的に増大させます。課したルールが厳しく、罰が重ければ重いほど、得られる力も爆発的に増大するのです。

 たとえば「この能力は特定の相手にしか使わない」と誓い、破れば再起不能になるほどの罰を課す行為は、己の魂を担保に絶大な力を前借りするものです。

 つまり『HUNTER×HUNTER』における強さは、才能や努力だけでは決まりません。どれだけの「覚悟」を持ち、どれだけの代償を支払う意思があるかという、魂の重さそのものによって決定されるのです。

 「制約と誓約」というシステムがあるからこそ、安易なパワーインフレは起こらず、「奇跡的な勝利」にも必ず説得力のある代償が伴います。

 だからこそ『HUNTER×HUNTER』の世界の強者は、自らの魂を削り、破滅と隣り合わせの力をその身に宿します。魂を削るという恐ろしい本質が、クラピカとゴンの悲しくも美しい生き様へとつながっていくのです。

◆未来を“燃やし続ける”復讐者──クラピカが背負った「絶対時間」という名の呪い

 「魂を削る」という言葉を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、一人の復讐者の姿ではないでしょうか。クルタ族の生き残り、クラピカ。彼の能力は「幻影旅団を討ち、同胞の緋の眼をすべて取り戻す」という、たった一つの目的のためだけに研ぎ澄まされています。

 しかし、彼は怒りに身を任せません。怒りを燃料にして、最も効率的に目的を達成するためのシステムを、自らの魂に組み込んだのです。

 その象徴が、幻影旅団の心臓に突き刺さった「律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)」です。「幻影旅団の団員にしか使えない」という厳しいルール。もしほかの者に使えば、自らの命が絶たれるという重い罰。この究極の契約こそが、あのウボォーギンさえも無力化するほどの絶大な力を生み出しました。

 そして、彼を“呪い”そのものへと変えてしまった能力が「絶対時間(エンペラータイム)」です。すべての念系統を100%の精度で発揮できる、まさに無敵の状態。しかし、支払う代償は想像を絶します。能力発動中、1秒につき1時間、彼の寿命は削られていくのです。これは戦いが終われば消える力ではありません。彼が復讐のために力を使うたび、その身は未来を燃やし続け、破滅へと近づいていきます。

 クラピカの圧倒的な強さは、才能だけが生み出したものではありません。自らの未来を燃料にして燃え盛る、復讐の炎そのものなのです。削られていく命が放つ、あまりに危うい輝き。だからこそ、彼の戦う姿に心を奪われ、その鎖に縛られてしまうのでしょう。

◆怒りで壊れた少年──ゴンが“人間”をやめた瞬間

 クラピカが怒りを燃料に、自らを感情のないシステムへと変えた復讐者であるなら、主人公であるゴンは、純粋すぎる怒りそのものに飲み込まれてしまいます。

 ゴンの変貌は、計画的なものではありませんでした。カイトをもてあそび、その命を奪ったネフェルピトーへの、どうしようもない怒り。そして、仲間を守れなかった自分自身への、底なしの絶望。行き場のない感情の渦は、ゴンの魂を内側から破壊していったのです。

「もうこれで、終わってもいい」。あの有名なセリフは、たんなる投げやりな言葉ではありませんでした。ゴンの魂が、無意識のうちに発動させた究極の「制約と誓約」です。「ありったけの未来」という、これから得るはずだったすべての可能性と時間を“一括払い”する。並外れた大きな代償と引き換えに、彼はたった今、この瞬間に、ピトーを討つためだけの力を手に入れたのです。

 その結果生まれたのは、もはや「ゴン」と呼べる存在ではありませんでした。生まれ持った力を強制的に開花させ、人間を超えた“何か”へと成り果てた姿。そこに宿るのは、勝利の喜びも、仲間への想いもありません。ただ、目的を遂行するためだけの、空っぽで黒い衝動だけです。王の護衛軍であるピトーでさえ恐怖した圧倒的な力は、ゴンの輝かしい未来そのものでした。

 クラピカが自らの未来を少しずつ“燃やし続ける”呪いを背負ったのに対し、ゴンはたった一度の怒りのために、未来のすべてを“捨てた”のです。純粋すぎる魂は、時としてシステムの非常に残酷な側面を引き出します。

 友を想う優しい心が、彼を“人間”ではない場所へ連れて行ってしまった……。この胸が張り裂けそうな悲惨な結末こそが『HUNTER×HUNTER』という物語が放つ、逆らいがたい魅力なのです。

 

 ──未来を燃やし続けるクラピカと、一瞬で未来を捨てたゴン。彼らが示すように「制約と誓約」とは、キャラクターの魂そのものを映し出す、残酷で美しい鏡といえます。

 その覚悟が放つ輝きと、胸を締め付けるほどの痛みこそ、この物語を深く愛してしまう理由なのかもしれません。

〈文/凪富駿〉

 

※サムネイル画像:Amazonより 『「HUNTER×HUNTER」第18巻(出版社:集英社)』

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