『HUNTER×HUNTER』の最後の敵。それは幻影旅団でも、暗黒大陸の厄災でもないのかもしれません。キメラ=アント編で静かに伏線が張られ、物語から姿を消した男、ジャイロ。なぜゴンとジャイロは、決して交わらなかったのでしょうか。彼の純粋な悪意を紐解くことで、物語の恐るべき終着点が見えてくるかもしれません。

◆人間であることをやめた王──ジャイロの絶望的な原点と“悪意”の正体

 ジャイロが“真のラスボス”候補となる理由は、彼の壮絶な過去と、そこから生まれた“悪意”の特殊な性質にあります。

 ジャイロの悪意の根源は、実の父親から受けた非情な仕打ちです。「お前の存在は迷惑だ」。言葉と日常的な虐待は、少年から人間らしい感情を奪っていきました。彼は、自らを否定し続けた父親の命を手にかけます。しかし、これは個人的な復讐劇の始まりではありませんでした。このときジャイロは、「人間であること」をやめ、憎しみを父親個人から、「人類そのもの」へと向けたのです。

 絶望から生まれた強固な意志は、彼の行動に異常な実行力をもたらしました。表向きは自然主義国家「NGL」を創設し、裏では麻薬を密造・密売して世界に悪意をばらまきます。この二面性こそ、彼の社会に対する偽りと憎しみの体現といえるでしょう。

 その後、ジャイロはキメラ=アントに捕食され、蟻として再誕したとされる個体が登場します。この個体は、キメラ=アントの女王の支配下に置かれることなく、自我を保ったまま単独でどこかへ去っていきます。彼が本当にジャイロ本人であるとは明言されていないものの、複数の描写や文脈から、本人である可能性は極めて高いと考えられています。

 ジャイロの意志は“生物としての本能”や“支配構造”すら超越しており、彼が抱く「この世のすべてを壊す」という信念は、種の本能すら凌駕する力を持っています。この意志の強さこそが、のちにウェルフィンらのような者をも惹きつけるカリスマ性の根源なのかもしれません。

 つまり、ジャイロの悪意とは個人的な恨みではなく、「人類というシステム」への構造的な憎しみといえます。強固な意志こそが、彼をたんなる悪役ではない、物語の根幹を揺るがす規格外の存在へと押し上げているのかもしれません。

◆ゴンとの対比で見える“悪意”の純度──なぜ彼はゴンと出会わなかったのか?

 キメラ=アント編のクライマックスで、なぜ作者はゴンとジャイロを引き合わせなかったのでしょうか。主要人物が同じ舞台にいながら交わらない。「意図されたすれ違い」こそ、ジャイロが未来の宿敵であることの本質を解き明かすカギです。

 その答えは、二人の「怒り」と「悪意」の、決定的な質の違いにあると考えられます。

 ゴンの怒りは、カイトを無惨な姿に変えたネフェルピトーへの、純粋で個人的な激情でした。自らを強制的に成長させるほどの怒りの矛先は、あくまで「個人」に向けられていたのです。根底は「カイトを取り戻したい」という願いであり、世界への絶望ではありません。「個人的な喪失」から生まれた激情といえます。

 ジャイロの悪意は、父親個人に留まりません。非情な仕打ちを見て見ぬふりをした社会、そして不条理を生み出す「人間という存在そのもの」に向けられています。特定の対象を持たない、冷徹で一般的な憎しみ。ゴンの激情とは対極にある、「社会的な絶望」から生まれた純粋な悪意といえます。

 この決定的な違いこそ、すれ違いの意図を明確にします。キメラ=アント編時点のゴンに、ジャイロが体現する「世界の理不尽さへの絶望」を理解し、対峙する精神的な土台はなかったのではないのでしょうか。ゴンの経験は「個人的な悲劇」であり、ジャイロの「社会的な絶望」とは次元が根本的に異なります。

 だからこそ作者は、ゴンが成長し、より大きな絶望と向き合うべき「未来の宿敵」としてジャイロを温存したのではないでしょうか。二人が出会うには、まだ「時」が早すぎたといえるでしょう。

◆流星街から始まる「悪意の拡散」──ジャイロの恐るべき計画とは?

 ジャイロが向かった先──。それは彼の故郷でもある「流星街」だと示唆されています。これは、今後の展開を予想するうえで極めて重要な意味を持つといえます。なぜなら、流星街こそ彼の「悪意」を拡散させるための、これ以上ない理想的な拠点だからです。

 流星街は、どんなものでも受け入れる巨大なゴミ捨て場であり、同時に戸籍を持たない人々が身を寄せ合う、いわば一つの家族のような場所です。「我々は何ものも拒まない」という掟のもと、彼らは独自の価値観と強い結束力を育んできました。社会への根深い不信感は、ジャイロが抱く「反・社会」思想と完全に一致します。

 加えて、ジャイロにとって流星街は、かつて社会に見捨てられた自身の原点とも呼べる場所です。自分のように「捨てられた者たち」が集まるその地は、ただの拠点以上の意味を持つと考えられます。彼がもう一度“世界を壊す”ための再出発地点であり、思想的な復讐を実行するための「理想的な母体」といえるでしょう。

 では、ジャイロは流星街で何を始めるのでしょうか。彼の目的は金品や領土ではなく「世界の破壊」そのもの。自らのカリスマ性と純粋な悪意をもって、流星街の住人たちの憎しみを焚き付け、一つの強固な「思想」の下に団結させるでしょう。

 ここで重要なのは、幻影旅団との決定的な違いです。幻影旅団も流星街から生まれましたが、あくまで「盗賊集団」です。しかし、ジャイロが創り出す組織は、次元が異なります。国家間の信頼や人々の善意といった、社会を成り立たせる目に見えない「概念」を破壊する、一種の思想的テロ組織ではないでしょうか。

 つまり、ジャイロの計画は物理的な破壊活動に留まりません。人々の心に不信を植え付け、社会秩序を内側から崩壊させる、世界を揺るがす思想的な破壊活動なのです。この壮大なスケールと悪意の純度こそ、力で君臨したメルエムや幻影旅団をも超える、「真のラスボス」と呼ぶにふさわしい理由といえるでしょう。

 

 ──ゴンと交わらなかった男、ジャイロ。二人が出会わなかったのは、いずれ訪れる決戦のための、意図的な布石と考えられます。原点に戻ったゴンと、流星街で憎しみを増幅させるジャイロ。光と闇が交差するとき、この物語は真のクライマックスを迎えるでしょう。

〈文/凪富駿〉

 

※サムネイル画像:Amazonより 『「HUNTER×HUNTER」第21巻(出版社:集英社)』

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