アルカに宿る謎の存在「ナニカ」。その力は、父シルバの「あそこから来た、あれは人ではない」という一言に集約されます。シルバがさす「あそこ」とは、はたして“暗黒大陸”なのでしょうか。この仮説は、ナニカの正体、厄災「アイ」との不気味な関連、そしてゾルディック家の血筋という、物語最大のタブーへとつながります。
◆「あそこから来たモノ」──ナニカの異質さとゾルディック家の禁忌
ナニカの正体に迫るには、ナニカの能力が『HUNTER×HUNTER』世界のルールからいかに逸脱しているかを再確認する必要があります。
ナニカの能力は「おねがい」を叶えたあと、次の者に「おねだり」をする等価交換にも似たルールで成り立ちます。しかし、代償はあまりにもいびつです。簡単な「おねだり」を断った場合、代償は術者本人ではなく無関係の第三者にまで及びます。これは、リスクを自身が負うという念能力の「制約と誓約」の原則から、明らかに外れています。
さらに決定的なのが、キルアとの関係性です。キルアがナニカに告げる言葉は「おねがい」ではなく「命令」であり、実行に一切の代償を必要としません。どんな無茶な命令であっても、ナニカは「あい」と応えるだけ。この特例措置は、ナニカが念能力より、もっと別の感情や関係性で動く未知の法則に基づいていることを示唆します。
ここで注目したいのは、ゾルディック家の対応です。父シルバはナニカを「モノ」と呼び、その力を正確に把握しながら、始末もせず、家族にさえ存在を隠して厳重に監禁していました。
もしナニカがただの未知の能力者であれば、暗殺一家の彼らがここまで慎重に、かつ秘密裏に扱うのでしょうか。意図的な監禁は、彼らがナニカをたんなる危険な存在としてではなく「あそこから来た」という出身と危険性を既知の脅威として理解したうえで、一族最大の「タブー」として管理していた証明なのかもしれません。
つまり、ナニカは念能力では説明がつかない、人間世界の外部から持ち込まれた存在である可能性が高いと考えられます。そしてゾルディック家は、その生い立ちを知るがゆえに、ナニカを制御不能な厄災として封じ込めていたといえるでしょう。
◆ガス生命体“アイ”との不気味な一致──ナニカ=暗黒大陸の厄災か?
シルバの言う「あそこ」が暗黒大陸なら、ナニカの正体もそこに由来するはずです。そして作中には、ナニカの正体を示唆する不気味な存在がはっきりと描かれています。暗黒大陸の五大厄災の一つ、ガス生命体「アイ」です。
およそ数百年前に暗黒大陸について書かれた『新世界紀行』によれば、「アイ」は「共依存の喜び」と「見返りを求める」二面性を持ちます。この特徴は、ナニカの能力と驚くほど一致するのです。「おねがい」は「喜び」を与え、「おねだり」は明確な「見返り」を要求します。ナニカの行動原理は、まさに厄災「アイ」の性質そのものといえるでしょう。
さらに、ナニカがキルアを呼ぶ「あい」という言葉も、ただの偶然とは思えません。この一致は、両者が極めて近しい存在であることを強く示唆します。
では、ゾルディック家はいつ厄災と接触したのか。答えは一族の過去にあります。かつてネテロ会長が暗黒大陸へ渡航した際、ジグ=ゾルディックという一族の人間が同行していました。
この事実こそ、両者を結ぶ決定的な接点です。航海でジグが「アイ」自体か、または「アイ」の「かけら」や「呪い」に似たものを持ち帰り、ゾルディック家の血筋で受け継がれ、アルカの肉体に発現した。これらを結びつけることで、現時点で分かっている情報の多くが整合すると考えられます。
ナニカと「アイ」の類似性、そしてジグの同行という物的証拠。この二つが、ナニカ=暗黒大陸の厄災説を、たんなる憶測から信憑性のあるものへと押し上げます。シルバの言葉は、このおぞましい事実をさしていたのかもしれません。
また、その説を裏付けるかのように、コミックス第33巻では、ナニカのイラストとともに「暗黒大陸出身です」というネタバレが描かれています。
◆キルアに託された宿命──“番人”ゾルディック家の真の役割とは?
ナニカが暗黒大陸の厄災だと仮定すると、ゾルディック家の役割に新たなスポットライトが当たります。彼らはたんなる暗殺一家ではなく、もっと重大な使命を帯びているのかもしれません。
暗黒大陸から持ち帰った「厄災」を世に漏らさぬよう管理する「番人」としての一面です。この仮説に立てば、シルバがナニカを監禁し、存在を隠してきた理由も説明可能です。家族を守るためだけでなく、人類を脅かす厄災を封じるという、一族に課せられた重い宿命だったのではないでしょうか。
そして、宿命の継承者として選ばれたのが、キルアです。シルバがキルアに告げた「アルカからは絶対に目を離すな」という言葉。これは兄としての情を試す言葉であると同時に「番人」の役割を、ナニカを唯一制御できるキルアに託した瞬間だったといえるでしょう。キルアは知らず知らずのうちに、ゾルディック家の真の使命を背負ったのです。
キルアの旅は、いずれゴンの旅と交わる運命にあるのかもしれません。ゴンの最終的な目標が父・ジンのその先にある未知への探求だとすれば、その舞台が「暗黒大陸」となる可能性は高いでしょう。
一方、キルアもまた「アルカ(ナニカ)を守る旅」の果てに、そのルーツを求め暗黒大陸を目指すのではないでしょうか。二人の旅は、最終的に同じ場所で交差する可能性があります。
つまり、キルアが背負った個人的な宿命は、やがて人類の存亡と世界の謎に関わる壮大な物語へとつながると考えられます。彼の選択が、暗黒大陸編の、そして『HUNTER×HUNTER』という物語全体の鍵を握ることになるのかもしれません。
──シルバの言葉がさし示す、謎に包まれた「あそこ」。その答えが暗黒大陸なら、ナニカの正体は厄災「アイ」、そしてゾルディック家は「番人」の一族と考えられます。
キルアの妹を守る旅は、やがて世界の謎と人類の存亡をかけた壮大な旅へと発展していくのかもしれません。“守る者”と“知りたい者”のふたりが再び交わるとき『HUNTER×HUNTER』という物語は、真の核心へと迫ることになるでしょう。
〈文/凪富駿〉
※サムネイル画像:Amazonより 『「HUNTER×HUNTER」第31巻(出版社:集英社)』