『呪術廻戦』の序盤における名シーンの一つといえば、京都校の東堂葵による「女のタイプ」への尋問です。これに対し、クールな伏黒恵は極めて真面目な回答を返しますが、実はアニメ版の演出において、彼が回答する瞬間に「ある特定の人物」を思い浮かべていたという決定的な描写が存在します。
◆東堂の問いに答えた「揺るがない人間性」 その裏にあった女性の面影
その象徴的なシーンが描かれたのは、原作コミックス第2巻・第13話「退屈」、およびアニメ第8話です。交流会に向けて視察に訪れた京都校の東堂葵は、初対面の伏黒に対し、唐突に「女のタイプ」を問いかけます。
「性癖にはソイツのすべてが出る」という独自の哲学を持つ東堂に対し、伏黒は当初困惑しながらも、自身の偽らざる本音を口にします。「その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません」。
いかにも真面目な伏黒らしい、実直で模範的な回答です。しかし、このシーンにはアニメ版ならではの追加演出が施されていました。伏黒がこの答えを口にする直前、彼の脳裏には義理の姉である伏黒津美紀の姿が、はっきりとイメージとして挿入されていたのです。
原作ではあくまで伏黒のセリフとして処理されていたこのシーンですが、アニメ版では視覚的に「津美紀=理想の人間性を持つ女性」であることが示されました。津美紀は、呪いに倒れる前、少し不良気味だった中学生時代の恵に対し「誰かを呪う暇があったら、大切な人のことを考えていればいい」と諭した善性の塊のような人物です。
伏黒にとって「揺るがない人間性」とは、抽象的なものではなく、常に他者を思いやり、正しくあろうとし続けた津美紀その人の生き方だったのでしょう。東堂の理不尽な問いに対し、とっさに思い浮かんだのが姉の姿だったという事実は、彼がどれほど姉を敬愛し、行動の指針にしているかを物語っています。
ファンの間では「実はシスコンなのでは?」と冗談交じりに囁かれることもありますが、それはたんなる好意を超えた、彼の「善人」に対する敬意と、それを守れなかった自責の念が入り混じった、もっと複雑で深い感情なのかもしれません。
東堂には「退屈だ」と一蹴され、殴り飛ばされてしまったこの回答ですが、伏黒にとっては自身の呪術師としての在り方にも通じる、極めて重要な信念表明だったといえます。
──伏黒恵が答えた「好きなタイプ」は、たんなる恋愛観というよりも、彼が目指すべき「善人」の指標そのものでした。アニメ版の演出は、その指標が姉・津美紀であることを明確にし、彼がなぜ呪術師として戦うのか、その原動力を静かに、しかし雄弁に物語っています。「シスコン」という言葉だけでは片付けられない、切実な祈りのような想いが、あの短い回答には込められていたのです。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:TVアニメ「呪術廻戦」公式サイトより 『TVアニメ「呪術廻戦」第8話 場面写真 ©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会』


