※この記事にはTVアニメ・漫画『呪術廻戦』のネタバレが含まれます。ご注意ください。
※本記事はTVアニメ・漫画『呪術廻戦』に関するライター個人の考察・見解に基づくものであり、公式の設定や見解とは異なる場合があります。
「オマエは強いから人を助けろ」。祖父の遺言を胸に、呪いの世界に足を踏み入れた主人公、虎杖悠仁。しかし、渋谷事変の絶望を経て、彼は自らを「俺は部品だ」と定義しました。なぜ、物語の主人公である彼が、このような悲痛な覚悟を決めたのか。
それは、彼が主人公を“諦めた”のではなく、仲間を勝利に導くためのまったく新しい“主人公の在り方”を選んだ決意の言葉だったのかもしれません。
◆「何も救えなかった」絶望──渋谷事変が壊し遺したもの
虎杖という少年を「部品」へと変えてしまったすべての元凶。それは、作中2018年10月31日に起きた、未曾有の呪術テロ「渋谷事変」にあると考えられます。この日、彼は二つのあまりにも重い罪と罰を背負うことになりました。
一つは、宿儺の器としての“原罪”です。夏油傑と呪霊たちの策略により、彼は宿儺の指を10本以上も強制的に取り込まされ、肉体の主導権を完全に宿儺に奪われてしまいます。そして彼の体を使って、宿儺は渋谷の街で大勢の人の命を奪いました。彼自身の預かり知らぬところであったとはいえ、「自分の体で、大勢の人の命を奪った」という事実は、彼の心に、決して消えることのない深い罪悪感を刻み付けたといえます。
そしてもう一つが、目の前で失われていく“仲間”の命でした。尊敬する師であった七海建人は、無残な姿で命を奪われ、大切な仲間である釘崎野薔薇もまた、彼の目の前で命を落としました。守るべき人々を何一つ守れなかった、圧倒的な無力感。宿敵・真人によって、彼の心は一度完全に破壊されてしまったといえるでしょう。
当初、虎杖が戦う理由は、「人を助ける」という祖父から受け継いだ漠然とした正義感でした。しかし、渋谷事変を経てその動機は、宿儺と真人という具体的な相手に対する「ただ命を奪う」という純粋で、そして底知れない憤りへと変わっていった可能性が高いです。
渋谷事変は、虎杖の「主人公としての、純粋な心」を、一度完全に壊したと考えられます。彼が救おうとした人々は命を落とし、その手に残ったのは「自分は人の命を奪った」という罪悪感と、「呪いの命を奪う」という強烈な憤りだけ。この深い絶望こそが、彼を「部品」へと変貌させる、すべての始まりだったのではないでしょうか。
◆「俺は部品でいい」──主人公からの脱却と新たな役割の獲得
渋谷事変の絶望を経て、虎杖の心は大きく変わったといえます。その覚悟を、彼は停学中であった呪術高専の先輩、秤金次にはっきりと語ります。
「俺は部品だ」。この言葉は、彼が物語のすべてを一人で背負い解決しようとする、従来の「主人公」像から完全に脱却したことを意味しているといえます。彼はもう、物語の中心で輝くヒーローになることなど、望んではいないといえるでしょう。
では、彼が選んだ「部品」としての役割とは、具体的に何なのでしょうか。それは、仲間たちが最強の敵・宿儺を倒すための、もっとも効果的で、そして彼にしかできない「仕事」に自らを徹させるということではないでしょうか。
虎杖の打撃は、宿儺という別の魂をその身に宿していた影響で、相手の魂そのものを直接捉えられます。彼の役割は、その特性を最大限に活かし、宿儺の呪力出力を下げ、そしてその中に囚われている伏黒恵の魂を揺り起こす「魂へのダメージソース」に特化することだと考えられます。それこそが、彼が自らに課した唯一無二の役目なのかもしれません。
この戦い方は、五条悟や宿儺とはまったく正反対の考え方です。あの二人は、その圧倒的な「個」の力ですべてを一人で解決しようとする、個人主義の頂点に立つ存在といえます。
それに対し「部品」に徹する虎杖の在り方は、仲間を信頼し、それぞれが自分の役割を完璧にこなすことで一人では決して倒せない巨大な敵を打ち破るという、まったく新しい時代の呪術師の戦い方を示しているのかもしれません。
虎杖は、主人公の座を“降りた”のではなく渋谷事変という深い絶望の底で「個」の輝きを捨てる代わりに、仲間を勝利に導くための「部品」に徹するという呪術師としてのまったく新しい「主人公の在り方」を見つけ出したと考えられるでしょう。
◆魂を継ぐ者──「部品」が最後に果たす「主人公」としての役目
自らを「部品」と定義し、仲間のための礎となることを選んだ虎杖。しかし、皮肉なことにその彼の体こそが、死んでいった仲間たちの“魂”と“意志”が集う、最高の“器”となっていきます。
新宿での最終決戦。乙骨憂太や五条との「入れ替え修行」によって、反転術式や領域展開といった、これまで持たなかった力をその身に刻み込み、決戦では日車寛見と共闘し完全体となった宿儺へ挑みました。
彼は仲間たちの「呪い」、すなわち「宿儺を倒してほしい」という強い“遺志”を、文字通りその肉体で受け止め、戦うための力へと変えているといえます。
そして、彼が向き合うべき最大の因縁。それは、宿儺との魂のつながりです。コミックス第29巻のオマケページで、虎杖の祖父・虎杖倭助こそが、その片割れの魂の生まれ変わりという事実が判明しました。虎杖と宿儺は、魂のレベルで「又甥」と「大叔父」という、深い血縁関係にあったのです。彼らの戦いは、たんなる呪術師と呪いの王の戦いではなく、800年以上も前から続く魂の因縁に決着をつけるための宿命の戦いでもあるといえるでしょう。
彼の人生を方向づけた、祖父の最後の言葉は、虎杖の人生を縛り付けた最初の「呪い」だったと考えられます。
自らを「部品」と名乗り、仲間たちのために戦う彼の周りには多くの仲間たちの魂が集い彼と共に戦っています。彼が最後に宿儺を打ち破るその瞬間。それは、彼が「部品」としてではなく、仲間たちのすべての意志を束ねるたった一人の「主人公」として、祖父の呪いを最高の形で成就させる時なのではないでしょうか。
「部品」に徹すると決めた虎杖の体。それは、彼が主人公の座を降りたからこそ、仲間たちの想いを受け入れることができる最高の“器”となった姿といえます。彼の最後の役目は、それらすべての想いを背負い魂の因縁の相手である宿儺を討ち滅ぼすこと。それこそが、彼が最後に果たすべき唯一無二の「主人公」としての役割なのかもしれません。
──なぜ虎杖悠仁は主人公を降りたのか。それは渋谷事変の絶望を経て、彼が「個」で輝くヒーローではなく、仲間を勝利に導く「部品」になるという新たな主人公の在り方を選んだからだといえます。
しかし、皮肉にも「部品」に徹した彼の体は、死んでいった仲間たちの想いが集う最高の“器”となります。
彼が最後に宿儺を討つとき、それは「部品」としてではなく、すべての意志を継いだ「主人公」として、祖父の呪いを成就させる瞬間となるのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:TVアニメ『呪術廻戦』公式サイトより 『TVアニメ「呪術廻戦」第37話 場面写真 (C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会』



