<この記事にはアニメ・原作漫画『鬼滅の刃』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
浅草で紳士を演じ、部下を処分する場面では冷たい女性の姿を見せた鬼舞辻無惨。最強の鬼である彼が、なぜ“女”の姿を好んだのでしょうか。その変身は、鬼殺隊から隠れるためだけではなく、「自分は特別だ」という強いうぬぼれと、「自分は劣っている」という正反対の思い込みが隠されているのかもしれません。
◆「完璧な変身」に隠された謎──目的は“隠れる”だけではなかった
無惨の変身について、まず思いつくのは「鬼殺隊から身を隠すため」という理由です。これは千年もの間、彼が生き延びてきたとても賢い方法といえます。
実際に、浅草の街では「月彦」という男になりきり、優しい夫であり良き父親であるかのように振る舞っていました。奥さんや子供まで連れ、人間社会の暮らしに完全に溶け込んでいたのです。これでは、鬼殺隊もまさか鬼の始まりの男がすぐそばにいるとは夢にも思わないでしょう。
ですが、彼の変身には「隠れる」という理由だけでは説明がつかない、不思議な点があります。それは、部下である下弦の鬼たちを集めて処分したあの場面です。あの場所にいたのは、自分に絶対服従の鬼たちだけ。鬼殺隊の目はもちろん、人間の目すらありませんでした。
しかし、無惨はわざわざ美しい女性の姿で現れたのです。誰かに見られる場面でもないのに、なぜ彼はその姿を選んだのでしょうか。その行動には、何か特別な意味が隠されているのかもしれません。隠れるためが目的であれば、あの場面で姿を変える必要はまったくないといえるでしょう。
このことから、無惨の変身には、ただ生き残るためだけではないもっと別の目的があったことが考えられます。特に、部下の前で見せたあの女性の姿には、彼の心の中に深く隠された本当の願いが表れているのかもしれません。それは、彼の本当の性格や誰も知らない弱さを知るためのとても大事なヒントといえるでしょう。
◆“病弱だった自分”への強い劣等感──無惨が求める「完璧な自分」という幻
無惨の変身の本当の理由を知るには、彼が人間だったころまでさかのぼる必要があります。
千年以上も昔、彼は生まれつき体が弱く、医者からは「大人になるまで生きられない」と言われていました。この経験こそが彼のすべての行動の出発点であり、「命を落とすことへの強い恐怖」と「弱い自分の体への嫌悪感」を生み出したといえます。
そして、鬼になって最強の力を手に入れたあとも、彼の心は満たされなかったのではないでしょうか。なぜなら、太陽の光からは逃げ続けなければならないからです。どんなに強くなっても克服できない弱点があるという事実は、彼にとって許せない「不完全さ」だったのかもしれません。
彼の変身は、この「不完全な自分」から目をそらすための行動だったといえるでしょう。彼が化けた美しい女性や、元気いっぱいの少年。これらの姿は、病弱で命を落としかけていた、かつての自分とは正反対の「理想の姿」といえます。
無惨は「自分は完璧な生き物だ」という幻を自分で作り出し、それを演じることで心の奥底にある「本当の自分はダメなんだ」という強い思い込みを必死に隠そうとしていたのではないでしょうか。
つまり、無惨の変身は本当の不完全な自分を隠し、理想の「完璧な存在」を演じるための行動だったといえます。生命力にあふれた女性や子供の姿は、彼が一番手に入れたいものを象徴しているようにも見えます。彼の変身は「自分は特別だ」という歪んだ気持ちと、自分が劣っているという思い込みがはっきりと表れた、心を映す鏡のようなものだったのかもしれません。
◆なぜ“女”の姿で部下の前に?──相手を思い通りにするための演出
無惨の変身が、彼の弱い心を隠すためのものだったことが見えてきましたが、理由はそれだけでしょうか。下弦の鬼たちを処分した場面では、ただ弱い自分を隠す以上のもっと別のねらいがあったのかもしれません。
あの場面で無惨が変身していたのは、美しくか弱そうにも見える女性の姿であり、力強さとはかけ離れた見た目でした。しかし、その姿から放たれる言葉や力は、鬼たちですら震え上がるほど絶対的なものでした。無惨はこの「見た目のか弱さ」と「本当の強さ」の大きな差を利用して、部下たちに言いようのない恐怖を与えていたのではないでしょうか。か弱い姿だからこそ、その強さが異常に際立ち、逆らうことなど絶対にできないと思わせる効果があったといえるでしょう。
この行動は、彼の「自分は特別だ」という強い思い上がりの表れでもあり、心の中では「自分は男でも女でも子供でもない。どんな姿になろうとも、自分という存在の価値は変わらない」と思っていたのかもしれません。
無惨は、見た目という表面的なものに左右されない、次元の違う生き物だと自身で考えているように見えます。だからこそ、あえて姿を変えることでその特別さを見せつけ、下弦の鬼との違いを言葉にしなくても分からせるための演出だったとも考えられるでしょう。
無惨が女性の姿を好むのは、自分の弱い心を隠すためだけではなく、その姿を利用して、相手を心から震え上がらせ、思い通りに支配するためでもあったといえます。彼の変身は、「自分は偉い」という思い上がった気持ちと、他人を完全に支配したいという歪んだ願いが合わさった、彼らしい自分自身の表現方法だったのかもしれません。
──無惨が好んだ女性の姿。それはたんに隠れるためではなく、弱い自分を隠す劣等感や、完璧でありたいうぬぼれ、そして他者を支配したいという、彼の本当の性格が隠されていたといえるでしょう。
最強の鬼でありながら、彼はずっと自分の弱さから目をそらしてきました。彼の変身は、彼がもっとも恐れた“本当の敵”である「弱い自分自身」の存在を、何よりも示していたのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:『「鬼滅の刃」第2巻(出版社:集英社)』
※鬼舞辻の「辻」は「一点しんにょう」が正しい表記となります。