任務を伝えるだけでなく、ときに隊士を叱咤し、その最期を涙ながらに伝える鬼殺隊の鎹鴉。「ただの鳥にしては、あまりに賢すぎないか?」と感じたことがある読者は、きっと少なくないはずです。 彼らの正体に隠されたヒミツは、産屋敷家に伝わる特別な育て方にあるのかもしれません。原作の描写を紐解くと、彼らがたんなる伝令役ではない、もう一つの驚くべき顔が見えてきます。
◆人間の言葉を理解し涙する鳥たち──鎹鴉の“異常”な能力
鬼殺隊の鎹鴉が持つ能力は、まずその驚異的な知能にあります。彼らは「カァーカァー」と鳴くだけでなく、極めて流暢な人間の言葉で任務を伝達します。しかも、竈門炭治郎の相棒である「天王寺松衛門」のように、それぞれがしっかりとした名前を持っていることからも、一羽一羽が独立した個性を持つ存在として扱われていることが分かります。
そして、彼らの異常さは知能だけにとどまりません。注目すべきは、その人間味あふれる豊かな感情表現です。彼らは機械的に命令を伝えるだけの存在ではなく、時には隊士を急かしたり、霞柱・時透無一郎の鎹鴉(銀子)のように主人にべったりと懐いたりと、非常に個性豊かです。
その感情がもっとも表れたのが、無限列車での戦いでした。炎柱・煉獄杏寿郎が猗窩座との死闘に敗れ、命を落としたとき、彼の鎹鴉(要)は目に涙を浮かべながら煉獄の最期を伝えに飛んでいきました。これは任務を遂行しながらも、仲間である煉獄の最期を心から悼む「悲しみ」の表れであり、彼らがたんなる伝令役ではないことを物語っているのではないでしょうか。
ここで興味深いのが、我妻善逸の相棒である「チュン太郎(うこぎ)」の存在です。彼は言葉を話せない一羽のスズメであり、その存在はほかの鎹鴉たちが流暢に人間の言葉を話すことが、いかに異常で特別なことであるかを表しているといえます。
これらの描写から、鎹鴉がたんに「よく訓練された鳥」というレベルを遥かに超え、人間と変わらないほどの高度な知能と深い感情を持つ、極めて特別な生物であるといえるでしょう。
◆産屋敷家の育成法か?──鴉の正体に迫る“仮説”
あれほどまでに賢く、感情豊かな鎹鴉たちはいったいどこからくるのか。そのヒミツは、鬼殺隊を束ねる産屋敷家にあると考えられます。
まず、鎹鴉は最終選別を突破した隊士にのみ与えられます。これは、彼らが野生の鴉ではなく、すべて産屋敷家のもとで一括して育てられ管理されていることの何よりの証拠といえます。実際に物語の最終盤、無限城編では若き当主である産屋敷輝利哉やその妹たちが、無数の鎹鴉を統率し戦況を正確に把握していました。この描写からも、鎹鴉と産屋敷家の間に、特別なつながりがあるといえるでしょう。
では、どのような育て方をしているのか。2019年7月に発売された『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』(出版社:集英社)によれば、鎹鴉は「特別な訓練を施された鴉」であると明記されています。ここからは、その「特別な訓練」の内容についての一つの仮説を提示します。
注目したいのは、産屋敷家当主が代々持つ特殊な「声」の力です。彼らの声には、相手を心地よくさせ、気持ちを高ぶらせる不思議な効果があります。この声の力は、鎹鴉の訓練にも応用されていたのかもしれません。当主の特殊な声を聞かせることで、普通の鴉が持つ知能の限界を超えさせ、人間への深い忠誠心を育んでいたということも考えられます。
鎹鴉の驚異的な能力は、産屋敷家に伝わる門外不出の「特別な訓練」によって、後天的に与えられたものであることは間違いといえます。その訓練には、当主の血筋や声の力といった、産屋敷家にしかできない何らかのノウハウが関わっているのかもしれません。
◆“鎹”がつなぐ想い──鎹鴉は隊士の“魂の伴侶”だった
鎹鴉の正体が、産屋敷家の特別な訓練によって生み出された存在であることは見えてきました。では、彼らに与えられたもっとも重要な役割とは、いったい何だったのか。それは、彼らの名前に込められているのかもしれません。
「鎹(かすがい)」とは、本来木材と木材をつなぎとめるための、両端が曲がった大きな釘のことをさします。その名の通り、鎹鴉たちは日本全国に散らばる隊士たちと、本部である産屋敷家を情報でつなぎとめていました。そしてそれは、鬼殺隊という組織の機能を維持するための、まさに生命線とも呼べる役割だったといえるでしょう。
しかし、彼らがつないでいたのは、たんなる情報だけではありません。一人の隊士に一羽がつき、常にその側にいる鎹鴉は、任務伝達という枠を超えたもっと深い精神的なつながりを隊士と結んでいました。彼らは、いつ命を落とすか分からない過酷な運命をともにする、かけがえのない相棒だったといえます。
隊士の生き様を誰よりも近くで見つめ、ときには叱咤し、その最期には涙を流して悼む。その姿は、彼らがたんなる命令をこなす道具ではなく、隊士の孤独な心に寄り添う「魂の伴侶」であったことの何よりの証明といえるでしょう。
鎹鴉のもっとも重要な役割、それは鬼殺隊という組織の絆を、そして隊士一人ひとりの心をつなぎとめる「鎹」そのものであることだったといえます。彼らの存在があったからこそ、鬼殺隊はたんなる戦闘集団ではなく、数百年にもわたって想いをつなぐ一つの大きな共同体であり続けられたのかもしれません。
──鎹鴉の正体は、産屋敷家の「特別な訓練」が生んだ、人間並みの知能と感情を持つ特別な生物だと考えれます。そして彼らのもっとも重要な役割は、任務伝達を超え、隊士の魂に寄り添う「伴侶」であることだったのかもしれません。
ともに戦い、ともに泣く彼らは、鬼殺隊の歴史を影で支えた「もう一人の隊士」といえます。彼らの絆を知ることで、『鬼滅の刃』が描く「想いをつなぐ」というテーマが、より一層深く胸に響くのではないでしょうか。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『「鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録」(出版社:集英社)』
※煉獄杏寿郎の「煉」は「火」+「東」が正しい表記となります。