『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(以下、『猗窩座再来』)の世界興行収入が日本映画史上で初めて1000億円を突破したと11月17日に配給に名を連ねるアニプレックスより発表されました。見事な快挙と言えるのですが、この数字の最後のひと押しに貢献した国が実は“中国”です。
11月14日より中国での劇場上映が始まり、初週末の成績だけでも興行収入3.7億元(約80億円)の貢献を果たしました。中国での興行自体は始まったばかりなので、今後の成績の積み上がりにも期待がかかるのですが、実は興行自体には不穏な空気がただよっています。
◆実は公開自体が危うかった? 滑り込みの中国興行
『鬼滅の刃』の中国での興行自体が、よくぞ実現させたと言うべき快挙といえます。
中国で映画を興行するにあたっては厳しい検閲を通過する必要があります。『鬼滅の刃』は戦う相手が鬼とはいえ、刺激的なシーンが多数盛り込まれています。基本的にはグロテスクな描写に対しては厳しく目を光らせているとされる中国では内容はかなり不利です。実際そういった表現に対して慎重な姿勢もあってか、劇場版の前作にあたる『劇場版「鬼滅の刃」無限列車』の本土での劇場上映は実現しませんでした。そんな中で『猗窩座再来』ではなんと修正などが施されない状態での上映となり、中国でも日本と同じ体験ができると言うことでそれ自体にも評価する声が上がっています。
既に中国向けの編集が行われていない状態でも驚きなのですが、興行にもう一つ“運が良かった”出来事が起きています。それが直近で起きている高市早苗首相による発言による日中関係の緊迫化です。
11月7日の衆院予算委員会内において、高市首相は台湾の有事に対して日本が自衛隊での対応を肯定する発言をしたことを巡って、中国から激しい反発を受けました。こういった情勢を早々に受けやすいのが実は映画興行です。
実はこの日本と中国の関係が緊張状態を増したことを受け、12月6日に中国での公開が予定されていた『映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』と12月13日に公開が予定されていた実写版『はたらく細胞』の公開が興行直前に見合わせとなりました。
今後上映が延期となるのか中止になるのかは今のところは未定ですが、もし『鬼滅の刃』の公開の日程が遅れていたのであれば、これらの作品と同じく興行が見合わせとなっていた可能性は高いです。まさに滑り込みで上映が間に合ったとでもいうタイミングには、偶然とはいえ結果的に「よくぞ間に合わせた」という感想が出てくるところです。
◆中国興行の新記録樹立なるか? 目指すは『すずめの戸締まり』の8億元
惜しいのは公開が間に合ったとはいえ、問題はもう一つあります。中国でのロングラン上映が難しくなっている可能性です。
実は『猗窩座再来』の初動の成績は歴代邦画の成績でもトップクラス。現状で邦画の中国での最高興行収入を達成してた作品が『すずめの戸締まり』で、本作の初動の数字と並ぶ成績でした。『すずめの戸締まり』は最終的に8億元(約170億円)というヒットとなったのですが、『猗窩座再来』は現状それに臨める勢いなので記録を塗り替える可能性が全然ありました。
しかし、中国で長期的な興行を行う場合は延長毎に申請が必要となっており、ほかの邦画の現状を踏まえると『鬼滅の刃』に関しても最短の興行期間で上映終了する可能性が出てきています。“お客さんが入っているのに早期の公開終了”という事態が発生し得るということで、興行こそ滑り込んだとはいえナイスタイミングとは言い難いのが実情です。
映画はあくまでもエンターテイメント、ということで国政に優先して考慮して欲しいとは言わないまでも、日本側にしても中国側にしても『鬼滅の刃』やほかの邦画の中国興行に向けて準備していた多くの人がいたであろうことを思うと、気の毒には思える話です。
──今後もどんどん邦画が国外に向けて発信されていくことにはなるでしょう。そのうえで発表されていく“世界興行収入”という数字の中にはたくさんドラマが詰まっているのだろうと今回の興行からも想像できます。単純に映画の良し悪しやそこに懸ける努力の大小だけではなく、上映国の性質であったり上映国との時勢であったりといった影響が反映されていくことは踏まえておきたいところです。
〈文/ネジムラ89〉
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。『FILMAGA』、『めるも』、『リアルサウンド映画部』、『映画ひとっとび』、『ムービーナーズ』など現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。映画『ミューン 月の守護者の伝説』や映画『ユニコーン・ウォーズ』のパンフレットにライナーノーツを寄稿するなどその活動は多岐にわたる。noteでは『アニメ映画ラブレターマガジン』を配信中。X(旧Twitter)⇒@nejimakikoibumi
※サムネイル画像:『「劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来」第3弾キービジュアル (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable』




