※この記事にはTVアニメ・原作漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のネタバレが含まれます。ご注意ください。
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(以下、『こち亀』)は、笑いの裏に細かな設定や少し切ない過去が隠れている作品です。中川と麗子の派手な制服、両津が一度は刑事になっていた過去、結婚寸前まで進んだ相手との関係──。長期連載だからこそ埋もれがちな“こち亀の裏話”をたどると、両津たちの見え方が少し変わってきます。
◆中川と麗子の制服が派手な理由
中川圭一と秋本・カトリーヌ・麗子は、警察官でありながら、一般的な制服とは違う華やかな服装で登場します。中川の黄色い制服、麗子のピンクの制服は、作品を象徴するビジュアルの一つです。
アニメでは、中川が自分の制服をアルマーニでオーダーメイドしたと語る場面があります。価格も桁違いで、両津が思わず反応するほどでした。中川らしい金銭感覚が出ているエピソードです。
一方で、原作ではもう少し“制度”としての理由も描かれています。中川と麗子は、警視庁から「私的制服着用許可証明書」を交付されているため、通常とは異なる制服を着ることができるという設定です。
しかも、その認定条件はかなり厳しく、無遅刻・無欠勤、複数言語の習得など、普通の警察官では簡単に満たせない内容でした。両津が同じ制度を使おうとしても、条件の時点で早々に諦めるしかありません。
派手な制服はたんなるお金持ちキャラの演出に見えますが、実は中川と麗子の優秀さを示す設定でもありました。『こち亀』らしい荒唐無稽さと、妙に細かい理屈が同居した裏話です。
◆両津は19歳で刑事になっていた
普段の両津勘吉は、亀有公園前派出所で騒動を起こす巡査長という印象が強い人物です。しかし若いころには、刑事課に配属されていた時期がありました。
両津は19歳のころ、刑事ドラマへの憧れもあり、指名手配犯を次々と捕まえて手柄を立てます。その結果、刑事課へ異動することになりました。意外にも、行動力と現場勘が高く評価された形です。
そこで両津の面倒を見たのが、南部という先輩刑事でした。南部は若い両津を弟のようにかわいがり、地道な聞き込みや張り込みの大切さを教えます。派手な逮捕劇ばかりを求めていた両津にとって、南部は刑事という仕事の重みを教えてくれる存在でした。
アニメ版では、このエピソードがよりシリアスに描かれています。南部は追っていた相手との事件で命を落とし、両津はその死を目の当たりにします。普段のギャグ調とは違い、両津が本気で泣き崩れる場面は強い印象を残しました。
その後、両津は再び派出所勤務へ戻ります。笑いに満ちた日常の裏側に、彼が一度だけ刑事として挫折と喪失を経験していたと考えると、両津という人物の奥行きが見えてきます。
◆両津と中川は遠い親戚だった
両津と中川は、上司と部下、先輩と後輩という関係でありながら、実は遠い親戚でもあります。きっかけは、両津の弟・金次郎の結婚式でした。
金次郎は両津に顔がよく似ていますが、性格は正反対です。真面目で優秀な人物として描かれ、アニメ版では弁護士になっていることも明かされました。その金次郎の結婚相手の縁をたどると、中川の家系につながっていたのです。
中川が何気なく語った親戚関係の説明から、両津は自分の弟の結婚を知らされていなかったことに気づきます。そこから派出所を飛び出し、結婚式をめぐる大騒動へと発展していきました。
中川にとっては、よりによって両津と親戚になるという悪夢のような事態です。実際、その後のエピソードでは両津が“身内”であることを盾に、中川家の会社で好き勝手に振る舞う場面も描かれます。
この関係は、たんなる一発ネタに見えて、両津と中川の距離感をさらに面白くする設定でした。超大金持ちの中川と下町気質の両津が、遠い親戚としてつながってしまうあたりに、『こち亀』らしい無茶な面白さがあります。
◆両津は結婚寸前まで進んでいた
両津は女性にモテない印象もありますが、まったく縁がなかったわけではありません。特に擬宝珠纏とは、入籍直前まで話が進んだことがあります。
纏は新人警察官として登場し、当初は両津とぶつかることも多い人物でした。しかし、両津が纏の実家である寿司店で働くようになったことで、二人の距離は少しずつ縮まっていきます。
やがて結婚話にまで発展しますが、そこで大きな問題が発覚します。両津の祖父と纏の祖母が実の兄妹であり、両津と纏は親戚関係だったのです。さらに両津が擬宝珠家のお宝を売ろうとしていたことも重なり、結婚は破談となりました。
作者の秋本治先生は、2004年11月出版の『両さんと歩く下町――「こち亀」の扉絵で綴る東京情景』(出版:集英社新書)で、両津と纏が本当に結婚してしまうと『こち亀』という作品自体に一区切りがついてしまうため、身内同士という関係にしたと明かしています。つまり、両津が結婚できなかったのは、キャラクターとしての役割にも関わる問題でした。
両津が家庭に落ち着いてしまえば、派出所を中心にした自由奔放な騒動は変わっていたかもしれません。破談は残念な出来事である一方、『こち亀』が最後まで“両さんのこち亀”であり続けるために必要な選択だったともいえます。
──『こち亀』は、両津が騒動を起こして笑いを生むギャグ漫画でありながら、キャラクターの過去や関係性には意外な深みがあります。制服一つにも理屈があり、両津の若いころにはシリアスな経験があり、中川との関係にも思わぬつながりが隠れていました。
両津が結婚しなかった理由も、たんに女性に縁がないからではなく、作品の形を守るための判断として見ることができます。どれも表面的には小ネタですが、振り返ると長期連載を支えたキャラクター作りの細かさが伝わってきます。
連載50周年を迎えた今だからこそ、こうした裏話をたどる楽しさがあります。派出所の日常に隠れた設定や過去を知ることで、何度も読んだはずの『こち亀』が、少し違った作品に見えてくるのではないでしょうか。
〈文/最上明夫 編集/相模玲司〉
※サムネイル画像:Amazonより 『「こちら葛飾区亀有公園前派出所」第200巻(出版社:集英社)』

