夏アニメも一通りスタートして、今季観るアニメもある程度決まってきた人も多いでしょう。そんな新作アニメたちの中でも一際「これはスゴい」と思わせられたのが『逃げ上手の若君』です。このアニメは『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』に匹敵する過激な描写が盛り込まれいるなど、制作陣がギリギリのラインでアニメを作っていることがうかがえます。
◆そもそも『逃げ上手の若君』ってどんな作品なのか?
7月から放送が始まったTVアニメ『逃げ上手の若君』は、『SPY×FAMILY』や『ぼっち・ざ・ろっく!』などでも知られるCloverWorks社制作の新作アニメシリーズです。
主人公は歴史上の人物でもある北条時行。足利高氏の裏切りによって鎌倉幕府共々、家族や地位を失った時行が、諏訪頼重らの助けを借り、逃げ延びることで復讐を果たしていくという歴史・アクション作品です。
本作は2021年から松井優征先生の手により『週刊少年ジャンプ』で連載がスタートした漫画が原作となっています。何を隠そう、松井先生といえば数々の人気作品を作り出した御方。『魔人探偵脳噛ネウロ』や『暗殺教室』など、いずれもアニメ化や映画化など映像化を果たしており、今回の『逃げ上手の若君』も満を持してのTVアニメ化となりました。
◆見事すぎる映像化の妙! ここが一味違う
原作漫画の時点で面白いのはもちろんなのですが、TVアニメ『逃げ上手の若君』の見事なところは漫画から映像化するうえでの解釈のしかたです。漫画の良い部分を映像化することは言わずもがな。漫画が表現しきれなかった部分もプラスアルファで表現しています。
特に衝撃的なのは色彩の鮮やかさ。もちろん原作でも連載時の巻頭であったり、コミックスの表紙などで色の表現はあるものの、TVアニメでは登場人物の衣服などを中心に全体的にビビットな配色を選んでいて、地味目になりかねない時代劇作品をポップで見やすいものに仕上げてくれています。
そこに輪をかけて惹かれるのがキャラクターデザイン。主人公の時行のあまりの美少年ぶりにも衝撃を受けますが、登場人物たちの表情の移ろいや緩急が楽しく、激しい喜怒哀楽の表現も特徴的な松井先生の手がけた原作漫画のテンションがしっかり活きてくるのが絶妙です。
◆『鬼滅の刃』のさらに上を行くバイオレンスぶりにも臨む挑戦作!
そしてもう一つ、TVアニメ『逃げ上手の若君』で衝撃を受けたのが、バイオレンス描写にも果敢に挑んでいるところです。
当時の時代背景なども踏まえて、作中では時行の身近な人物が打ち首になるといった展開や命を懸けた戦いを迫られる展開なども待っているのですが、TVアニメでもそういった過激な描写を逃げずに映像化しているところがまた見事です。
これらの過激な描写は時行が命がけで戦っていることの説得力が失われるので、映像化するのであれば避けて通れない部分です。
しかし、かつてはTVアニメ化に際して流血表現を避けたり、『SAMURAI DEEPER KYO』(2002)では敵を人間ではない存在にしてしまうといった大幅な改変もあったほどでした。ただ近年は『鬼滅の刃』然り『呪術廻戦』然り、身体の欠損描写なども率先して表現していくようになり、『逃げ上手の若君』もそれらと同様、切り落とされた首が落ちるなど物語の序盤から過激な描写が登場しています。
ただし鬼や呪霊といった異物との戦いではなく、人対人の戦いである点では『逃げ上手の若君』が一点攻めている部分ともいえます。不思議な能力などもない人間同士が命のやり取りをしている様子を真っ向から描こうとしている点でも見ものでしょう。
もちろん、TVアニメ版でもこれ見よがしグロテスクな描写を見せているわけではないという意味では配慮がなされています。
首が落ちたとしても俯瞰で見せたり、わずかな時間しか見せなかったり。主人公が戦うシーンでは敵の攻撃を避けるシーンや刀を振るうシーンを主軸に表現していたり。ただバイオレンスであることをエンターテイメントにしようとしていない点でも考えられているともいえます。
人によってはショッキングに思える展開も早々に登場しますが、しっかり物語上の意味を持って挿入されている場面なので、ぜひ変に恐れずまずは観てほしいところです。
数々の『ジャンプ』輩出作品がアニメ化を機に人気を拡大していきますが、果たして『逃げ上手の若君』もその波に乗れるのか。今夏の動向がもっとも注目のタイトルといえます。
〈文/ネジムラ89〉
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi