『ONE PIECE』(ワンピース)の人気エピソードである海上レストラン「バラティエ」での話。麦わらの一味のコック、サンジが初登場し、ルフィとの出会いやサンジの恩人ゼフとの別れが描かれる感動的なエピソードですが、実はこのレストランには、作者の尾田栄一郎先生自身が高校生時代にバイトしていた、ある“実在のレストラン”がモデルとなっているのかもしれません。
◆サンジは尾田先生の高校生時代のバイト先がなかったら生まれなかった?
「バラティエ」のモデルになったお店は、尾田先生の故郷・熊本市にあるステーキハウス「薔薇亭(ばらてい)」だと考えられます。名前の響きが作中の「バラティエ」と酷似しているのも納得で、尾田先生は高校生時代、このお店でアルバイトとして厨房に立っていました。
『少年ジャンプ+』のルポマンガ『すすめ!ジャンプへっぽこ探検隊!』第6話では、当時の尾田先生を知る薔薇亭の料理人・タサキさんへのインタビューが掲載されています。タサキさんによると、当時の尾田青年は「すごく大人しい感じで、漫画を描いているなんて全然知らなかった」とのこと。しかし、その働きぶりには、のちの『ONE PIECE』につながる驚くべき共通点が隠されていました。
なんと尾田先生はバイト中、お皿を割ったり、大切な仕込みのスープを間違えて捨ててしまったりという失敗を繰り返していたそうです。これは作中でルフィが皿を割る描写や、サンジの「スープ」にまつわるエピソードと不思議なほど重なります。
また、タサキさんが鉄板で鮮やかに調理する姿は「料理は手が命」というサンジの信念に影響を与えたのかもしれません。タサキさんも「尾田がバイトしていなかったら、サンジはいなかったかも」と語るほど、ここでの経験は作品の根幹に関わっているようです。
尾田先生はのちに「くそお世話になりました!!」というサンジの名台詞入りのサイン色紙をお店に寄贈しています。熊本地震の際には「ルフィ」名義で故郷へ巨額の寄付を行うなど、その義理堅さはまさにサンジそのもの。
空想の産物と思われた「バラティエ」。しかしその土台には、一人の少年が実際に汗を流し、失敗し、料理人の背中を見て過ごした、かけがえのない青春の日々が刻まれていたと考えられます。
──尾田先生が若き日に薔薇亭で味わった失敗やプロの背中は、サンジを通して今も世界中に“美味しい物語”として振る舞われています。人生の経験こそが創作のスパイスになることを証明するこの素敵な実話。この実話を知ったうえで読み返す「バラティエ」のエピソードは、今までとは一味違った深みを感じられるでしょう。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『DVD「ONE PIECE Log Collection “QUEEN”」(販売元:エイベックス・ピクチャーズ)』



