読者の予想を超えた展開が描かれる『ONE PIECE』。作者である尾田栄一郎先生は、物語の本筋に関して序盤から緻密な伏線を張り巡らせ、画に関しても一コマ一コマ細かく描き込み、読者をあっと驚かせる仕掛けを隠していることも……。そんな魅力的な漫画づくりをする尾田先生に、実は多大な影響を与えた人々がいるのです。

◆たった一コマが漫画家人生を変えた──徳弘正也先生

 「描き込みは伝わるんやで」、そう尾田先生に教えたのが、かつて尾田先生がアシスタントを務めていた徳弘正也先生です。二人の対談は、『ONE PIECEイラスト集  COLOR WALK 7 TYRANNOSAURUS』(出版社:集英社)に掲載されています。

 その中で尾田先生は、ずっと心に引っかかっていたある一コマの話をします。それが『新ジャングルの王者ターちゃん♡』第281話で、さまざまな人物の「集合」を描いた一コマでした。徳弘先生は細かな人物を描くときでもアシスタントに任せることはめったになかったので、信頼してもらえた尾田先生は嬉々として描いたそうです。

 しかし、後日『週刊少年ジャンプ』本誌に掲載された自分の描いた画を見たとき、尾田先生は「ゾッとした」と語っています。その理由は、そこに描かれた人物全員が同じ顔形だったことに気づいたからでした。徳弘先生は、小さい一コマでは特にシルエットをバラバラに描くのが大切だと教え、尾田先生はそこから描き込みとシルエットの重要性を学んだそうです。

 実際、『ONE PIECE』はどんな小さな一コマでも、キャラクターがていねいに描き込まれています。たとえば、白ひげ海賊団と海軍本部の戦いを描いた頂上戦争では、名前のあるなしに関わらず、緊張しているのか、勇んでいるのか、どんな人種なのか……など、画を見ただけで読み取れます。

 またシルエットといえば、第253話などで描かれた空島のキャンプファイヤーでのルフィのシルエットを思い浮かべる人も多いでしょう。これは、のちに明かされた太陽の神“ニカ”のシルエットと重なる壮大な仕掛けとなっていました。

 対談の中で尾田先生は「今日ワンピースがあるのはこの一コマがあったから」と語っていますが、まさに徳弘先生から教わったことが、今なお尾田先生の漫画づくりに活かされていると分かります。

◆大ファンだからこそ選んだ違う道──宮崎駿監督

 多くのメディア媒体でスタジオジブリのファンだと公言する尾田先生。『熱風(GHIBLI)2014年7月号』(出版:徳間書店スタジオジブリ出版部)のインタビューで、特に宮崎駿監督の大ファンであることを明かしています。

 実は『ONE PIECE』と宮崎監督の作品には、似た設定が多く見られます。たとえば、第1113話で明らかになった「世界が海に沈む」という世界観。「空白の100年」で巨大な戦いが起き、失われた高度な文明があることが分かっています。これは最終戦争が起き、高度な現代文明が海に沈んだ世界を描いた宮崎監督のデビュー作、『未来少年コナン』と通ずる点があります。

 また『天空の城ラピュタ』ともいくつか似た点があります。たとえば、所在が分かっていない最終目的地「ラフテル」と、同じく竜の巣に覆われ所在が分からなかった「ラピュタ」。さらに、ラフテルや世界の真実と関わる「歴史の本文(ポーネグリフ)」と、ラピュタと密接な関係がある石板「黒い石」。このほかにもDの一族のルフィと黒ひげ、ウルの王族のシータとムスカなど、善悪の対立構造も共通しています。具体的な言及はありませんが、少なからず宮崎監督の影響は大きいと推察できるでしょう。

 しかし、作品の作り方に関しては、ファンである宮崎監督とは違っているそうです。インタビューで尾田先生は、宮崎監督の作品は「印象的なシーンが完成されているから。たとえストーリーがつながっていなくても、そのシーンを観るのが楽しいので多少辻褄があってなくても問題ない」と感じているとのこと。そして宮崎監督のストーリーよりも世界観重視という作り方は、かつて尾田先生が少年時代に大好きだった漫画作品の作り方と同じだと感じたそうです。

 しかし、尾田先生は真逆のストーリーを重視した作品を描いています。「だから僕は漫画家になったとき、きちんと辻褄を合わせた物語を作ってみたいと思った」と語っているのです。そして、それを個性とした漫画が『ONE PIECE』なのです。

◆模写し続けた漫画の原点──鳥山明先生

 尾田先生が最も尊敬する漫画家、そして「神様」とまで評したのが鳥山明先生です。尾田先生は、そんな鳥山先生と『ONE PIECEイラスト集  COLOR WALK 1』(出版社:集英社)で対談を果たしています。

 尾田先生は初めて『ドラゴンボール』の漫画を読んだとき、そのイラストの上手さに感動したそうです。そして子供のころから漫画家を目指していた尾田先生は、鳥山先生の画を模写し続けたと明かしています。

 対談では、鳥山先生の人体の細かい部分の作画だけでなく、メカイラストの凄まじさについても言及されています。鳥山先生はメカを描く際、「理論はでたらめでも推進力は何で、燃料タンクはどこについているのか、どうやって乗り込むのか」など、おおよその設計図を頭の中で作ってから描くそうです。だからこそ、読者が乗ってみたくなるようなメカに仕上がっています。

 このプロセスは、おそらく『ONE PIECE』にも活かされています。たとえばフランキーが作るメカは、きちんとパーツごとに細かな設計が描かれています。そのうえで、尾田先生は燃料がコーラという漫画ならではの表現に落とし込み、鳥山先生とは違った形で読者の好奇心を刺激するメカに仕上げているのでしょう。

 また尾田先生は『ONE PIECE 10th Treasures』(出版社:集英社)に掲載された声優の田中真弓さんとの対談の中で、「普通のバトル漫画では絶対に『ドラゴンボール』と比較され生き残れない」と語っています。だからこそ尾田先生は、「ドラマ」のあるバトル漫画を全力で描いていると言い切っています。

 

 ──基本をしっかり学び、そのうえで既存とは違ったアプローチを選択し、自分なりの漫画を描く……。これが尾田先生の礎となり、世界一の累計発行部数を誇る『ONE PIECE』を生み出しているのでしょう。尾田先生のクリエイティブな姿勢は、決して漫画づくりだけでなく、我々の仕事への向き合い方にも通じる普遍的な教訓を含んでいると感じられます。

 〈文/fuku_yoshi〉

 

※サムネイル画像:Amazonより 『DVD「ONE PIECE〝3D2Y〟 エースの死を越えて! ルフィ仲間との誓い」(販売元 ‏ : ‎ エイベックス・ピクチャーズ)』

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