ルフィの亡き兄、エースの形見「メラメラの実」。それを手に入れたのは、命を落としたはずのもう一人の兄、サボでした。しかし、革命軍No.2である彼は、既に海軍大将とも渡り合えるほどの実力者。なぜ彼は、カナヅチになる弱点を背負ってまで、能力者になる道を選んだのでしょうか。
それは、たんに強くなるためではありません。彼が「エースの力」を宿したのには、あまりにも切実で、たった一つの理由があったのかもしれません。
◆メラメラの実“以前”のサボ──革命軍No.2の圧倒的な実力
サボがなぜメラメラの実を食べたのか。その理由を考えるうえでもっとも重要なのは、彼がその実を食べる前から、既に“完成された”実力者であったという、揺るぎない事実です。
ドレスローザで彼が見せた戦闘力は、世界最悪の犯罪者ドラゴンの右腕、革命軍No.2の名に恥じない、圧倒的なものでした。
海軍本部中将・バスティーユが振るう巨大な斬馬刀と、その下の顔面を守る兜を、彼は「竜爪拳」という武術で握り潰してしまいました。素手で鋼鉄を破壊するその握力と、それを可能にする強力な武装色の覇気は、並の能力者を遥かに凌駕するレベルに達しているといえます。
さらに、黒ひげ海賊団の一番船船長であるジーザス・バージェスをも、その体術と「竜の鉤爪」「竜の息吹」という技で一方的に圧倒しました。このことからも、彼が能力に頼らずとも、四皇の最高幹部クラスと十分に渡り合える実力を持っていたことがうかがえます。
そして、その強さをなによりも雄弁に証明しているのが、海軍の最高戦力である大将・藤虎との戦いです。
サボはメラメラの実を食べてはいましたが、その能力はまだ未完成でした。しかし、藤虎の重力を自在に操る猛攻に対して一歩も引かず、互角の攻防を繰り広げました。盲目でありながらすべてを見通す藤虎自身も、サボの実力を高く評価し、本気でなければ彼を止めることはできないと判断していたのかもしれません。
つまり、メラメラの実を食べる前のサボは、既に世界でもトップクラスの実力者だったといえます。彼の選択は、単純な戦力不足を補うためなどでは、決してありません。そこには、ただ強くなること以上に、もっと精神的で、彼にしか分からない深い理由が隠されていたのではないでしょうか。
◆なぜ彼は「エースの力」を選んだのか?──“形見”以上の意味
既に最強クラスだったサボが、あえて能力者になる道を選んだ本当の理由。それは、強さ以上に、彼の心の中にあった三つの重い感情から生まれたのかもしれません。
まず一つ目は、兄としての「責任」です。コロシアムで彼は「誰にも渡さねェよ!“あいつ”の形見だ」と言いました。これは、エースの力が悪用されることを防ぐという、兄としての務めでした。エースの力を守ること、それが彼にとっての弔いの一つだったといえるでしょう。
二つ目は、失われた時間を取り戻したいという「願い」です。サボは記憶喪失のため、エースの死に立ち会えませんでした。新聞でその事実を知り、記憶を取り戻したときの後悔は計り知れません。彼にとってメラメラの実は、たんなる力ではありません。それは、自分が共に過ごせなかったエースの人生そのもの。その炎を宿すことは、失われた時間を取り戻し、兄の魂と再び一つになるための、唯一の“絆”だったのではないでしょうか。
そして三つ目が、弟を守るという「覚悟」です。記憶を取り戻したサボは、エースが命懸けで守った弟・ルフィを、今度は自分が守ると誓ったのではないでしょうか。エースの力を自らが受け継ぐことは、「もう二度と兄弟を失わない」という、ルフィに対する揺るぎない“覚悟の証明”と考えられます。彼は、エースの“力”だけでなく、その“役割”をも引き継いだといえるでしょう。
エースの力を守る「責任」、失われた絆を取り戻したい「願い」、ルフィを守る「覚悟」。サボがメラメラの実を食べたのは、これら三つの意味が込められていたから。それは、彼の過去への後悔と、未来への誓いが一つになった、必然の選択だったのかもしれません。
◆革命の炎──エースの意志が照らす未来
サボがその身に宿した、兄エースの炎。それは、彼の過去への想いだけでなく、物語の未来を照らす、大きな意味を持っているのではないでしょうか。
ドレスローザで彼が放った、エースの代名詞である「火拳」。あの瞬間、エースの意志がサボの中で再び燃え上がったことに、多くの読者が胸を熱くしたことでしょう。
白ひげ海賊団の希望の灯であったエースの炎は、今、世界政府の絶対的な支配を打ち破るための「革命の炎」として、新たな役目を得たといえます。そしてこの炎は、一つの大きな因縁と向き合う可能性が高いといえます。
かつてエースを打ち破り、その死の引き金となった張本人、黒ひげ・ティーチ。彼が持つすべてを飲み込む「ヤミヤミの実」の能力に対し、サボが継いだ「メラメラの実」の炎は、まさしく対極の“光”ともいえる力です。物語の最終局面、サボが振るうこの炎が黒ひげの「闇」を打ち破る、重要な一手となるのかもしれません。それはサボにとって、エースの無念を晴らすための戦いでもあるのです。
さらにこの炎は、弟ルフィの力とも重なります。ルフィの能力の本当の姿は「太陽の神ニカ」。世界に自由と解放をもたらす、太陽の化身です。サボが灯す炎は、ルフィという太陽の輝きを、さらに大きく、そして熱く燃え上がらせるための力となるといえるでしょう。
「太陽」と「炎」。二人の兄弟の力が一つになるとき、それは世界の闇を完全に払い、新しい時代の訪れを告げる、本当の夜明けの光となるのではないでしょうか。
サボが手に入れた炎は、たんなる戦闘能力ではありません。それは、エースの意志を継ぎ、黒ひげの闇を払い、そしてルフィという太陽を輝かせるための「革命の象徴」。兄弟三人の絆の証として、この炎は、物語の最後まで熱く燃え続けていくことでしょう。
──サボが「メラメラの実」を食べたのは、強くなるためではなく、エースの力を守る「責任」、失われた絆を取り戻したい「願い」、そしてルフィを守る「覚悟」を示す、兄としての誓いだったのではないでしょうか。
エースからサボへと受け継がれた「火拳」は、今や世界を照らす「革命の炎」といえます。彼が太陽となったルフィと共に戦うとき、兄弟三人の絆が、世界を新しい時代へと導く、もっとも熱い光となるのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
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