<この記事にはTVアニメ・原作漫画『ONE PIECE』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
「神の谷(ゴッドバレー)」(以下、ゴッドバレー)の炎の中、若き日の海兵モンキー・D・ドラゴンは、敵であるはずの天竜人の赤子、シャンクスを命懸けで守りました。なぜ、のちに世界最悪の犯罪者となる男が、“神の子“を救ったのでしょうか。
それはたんなる気まぐれな善行ではなく、この出会いこそがドラゴンの革命の始まりであり、のちの四皇シャンクスとの間に結ばれた、世界を動かす“絆”の原点だったのかもしれません。
◆「不自由な正義」への絶望──海兵ドラゴンが見た“神の谷”の地獄
のちの「世界最悪の犯罪者」も、かつては正義を志す一人の若者でした。17歳のドラゴンは、父・ガープと同じ海兵の道を歩み、当初は海軍の中から世界を変えようとしていたのかもしれません。
しかし、ゴッドバレー編で描かれた彼の姿は、既にのちの革命軍スタイルに近く、布で顔を覆っていました。このことから、彼は当時から海軍の掲げる「絶対的正義」に何らかの疑問や葛藤を抱えていた可能性があるといえます。
その彼の心を決定的に折ったのがゴッドバレーの地獄のような光景だったのではないでしょうか。そこでは、天竜人たちが島の先住民を狩る「先住民一掃大会」に興じ、多くの奴隷たちが商品として扱われていました。そして、その神々の非道な行いを、自らが所属する海軍が「正義」の名の下に守っている。
この矛盾に満ちた光景は、彼の抱いていた「不自由な正義」への疑念を、修復不可能なほどの「絶望」へと変えたのではないでしょうか。
そんな絶望の中で、彼は組織の命令ではなく、自らの心の正義に従って行動を開始します。奴隷である少年時代のバーソロミュー・くまを助け、そして敵であるはずの天竜人の赤子、シャンクスとシャムロックさえも、その“罪のなさ”故に救おうとしたのです。
ゴッドバレーは、ドラゴンにとって海軍の「正義」が完全に死んだ場所だったといえます。そして彼がシャンクスを助けたのは、天竜人だからではありません。生まれや立場に関係なく、ただ「罪のない者」を守る。その自分自身の、そして未来の革命軍の“本当の正義”に、彼が初めて目覚めた瞬間だったといえるでしょう。
◆神の騎士団との激突──引き裂かれた“兄弟”と“涙の約束”
自らの正義に目覚めたドラゴン。しかし彼の前には、世界政府の“本当の闇”が牙を剥きます。
ドラゴンが赤子のシャンクスとシャムロックを抱えて逃げる中、彼を襲ったのは、サターン聖の技術による可能性がある、強力な光線のような攻撃でした。さらに、神の騎士団の一員であるマッフィー宮が、致命傷を受けても倒れない、まるで「不死身」のような力で彼を追い詰めます。
このときドラゴンは、世界政府の最高権力が、常識の通じない「科学力」と、人間を超えた「生命力」を持っていることを、その身をもって知ったのです。
そして、悲劇が起こります。マッフィー宮の執拗な追撃によって、ドラゴンはシャンクスを守り抜くのが精一杯でした。その腕から、もう一人の赤子、シャムロックは無情にも奪い去られてしまいます。
目の前で引き裂かれた幼い兄弟の運命──。この出来事は、ドラゴンにとって自らの力の至らなさと、世界政府という巨大な悪の理不尽さを感じさせられた、痛恨の記憶として刻まれたのではないでしょうか。
原作では直接描かれていませんが、傷を負い、兄弟を引き裂かれ、それでも腕の中に残った小さな命(シャンクス)を抱きしめ、彼は涙ながらに誓ったのかもしれません。「いつか必ず、お前の兄弟を、そしてこの理不尽な世界に囚われたすべての人々を、俺が解放してみせる」と。
ゴッドバレーでの悲劇は、ドラゴンをただの反逆者ではない、世界そのものを変える“革命家”として、決定的に目覚めるきっかけとなったといえます。そして、彼が守り抜いた赤子シャンクスとの間には、言葉にはならない「世界の解放」という約束が生まれたのかもしれません。
◆四皇と革命軍──“密約”で世界を動かす二人
ゴッドバレーで明かされた、ドラゴンとシャンクスの特別な関係。あの日築かれた関係性が今も続いているとしたら、現代で起きている数々の謎めいた出来事の答えが、少しだけ見えてくるかもしれません。
四皇であるシャンクスは、なぜ頂上戦争をたった一言で終わらせることができたのか。なぜ彼は、聖地マリージョアに赴き、世界政府のトップである五老星と、極秘に話をすることが許されるのでしょうか。
彼が天竜人である「フィガーランド家」の血筋だからという理由だけでは、すべてを説明しきれません。
ここから、一つの仮説が浮かび上がります。シャンクスは、表向きは自由な海賊として海のバランスを取りながら、水面下では命の恩人であるドラゴンの革命に協力している、“もう一人の革命家”なのではないか、ということです。
この仮説をもとに振り返ると、五老星との密談も、表向きは「ある海賊について」の報告を装いながら、実際にはドラゴンの革命に間接的な影響を与えるよう、世界の情報を調整していた可能性も考えられます。
ドラゴンは“神の天敵”である「Dの一族」。一方、シャンクスは“神”である「天竜人」の血を引いています。本来であれば絶対に交わることのない、敵対するはずの二人です。しかし、ゴッドバレーでの悲劇をきっかけに、彼らは「世界の解放」という一つの目的のために固い絆で結ばれているのかもしれません。
この「D」と「元・神」のありえない共闘関係こそ、世界政府がもっとも恐れるシナリオであり、物語の最終局面で世界をひっくり返す、最大の切り札となるのではないでしょうか。
ドラゴンが“敵の子”を助けた理由。それはその出会いが、800年間続いてきた世界の歪みを正すための、運命の始まりだったからだと考えられます。シャンクスの謎に満ちた行動の裏には、常に若き日のドラゴンと心で交わした、あの日の涙の約束があるのかもしれません。
──なぜドラゴンは“敵の子”シャンクスを助けたのか。それは、彼自身がゴッドバレーで「本当の正義」に目覚めたからだといえます。そしてそこで生まれた「約束」が、のちの革命と、シャンクスとの協力関係の原点となったのかもしれません。
“神の天敵”たる「D」の革命家と、“神”の血を引く海賊。敵対するはずの二人が、世界の夜明けという目的のために、水面下で世界を動かしている。彼らの共闘が明らかになるときこそ、800年の秩序が覆る瞬間となるのではないでしょうか。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:『一番くじ倶楽部』公式Webサイトより 『「一番くじ ワンピース 革命の炎」 A賞 モンキー・D・ドラゴン MASTERLISE ©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション』