兄、ポートガス・D・エースの死。それは、ルフィの人生を変えた、物語最大の悲劇でした。しかし、この絶望がなければ、ルフィは「覇気」を習得することも、“ギア5”に覚醒することもなかったのかもしれません。
◆「覇気」習得の引き金──“兄を失った”絶望
ルフィの急成長の原点、それはマリンフォード頂上戦争で兄を失った、あの深い絶望にあります。
シャボンディ諸島で、麦わらの一味は海軍大将・黄猿とバーソロミュー・くまの前に、手も足も出ずに敗北。仲間一人守ることすらできず、目の前でバラバラにされてしまいました。そして、その傷も癒えぬまま向かった頂上戦争で、今度は最愛の兄・エースまでも目の前で失ってしまいます。
仲間も、兄も、何も守れない──。ジンベエに諭されるまで、彼は完全に心を失い、自分を見失っていました。この「圧倒的な無力感」こそ、ルフィが生まれて初めて味わった、本当の意味での“絶望”だったといえます。
しかし、その絶望の淵で、彼は冥王シルバーズ・レイリーから「2年間の修行」を提案されます。仲間との再会を何よりも大切にする彼が、その約束を破ってまで、この提案を受け入れたのはなぜか。
それは「今のままの自分では、また仲間を、大切な人を失ってしまう」という、エースの死がもたらした、あまりにも強烈な教訓があったからだといえるでしょう。兄の死という悲劇がなければ、彼は修行という回り道を選ばず、すぐにでも仲間との再会を急いでいたのかもしれません。
ルフィが覇気を本格的に習得するきっかけとなったのは、エースの死がもたらした、底知れない「絶望」でした。兄の死こそが、彼を“強くならなければならない”という、覚悟の道へと導いた、最初の引き金だったといえるでしょう。
◆ギア4の“完成”──ドフラミンゴ戦に見る覇気の重要性
エースの死を乗り越え、2年間の修行で覇気を身につけたルフィ。この「覇気」という力がなければ、彼は新世界の海を乗り越えられなかったのかもしれません。彼が新世界で戦ってきた強敵たちは、例外なく強力な能力と覇気の使い手でした。
ルフィが覇気を知らなければ、どうなっていたでしょうか。煙を自在に操るロギア系のシーザーに触れることすらできず、全身に武装色の覇気を纏うドフラミンゴの「イトイトの実」の能力の前には、ゴムの攻撃はほとんど意味をなさなかったかもしれません。覇気の習得は、新世界で戦うための、最低条件だったといえるでしょう。
そして、その覇気こそが、ルフィの新たな切り札「ギア4」を完成させました。「ギア4」は、ゴムの弾力性に、極限まで高めた武装色の覇気を吹き込むことで、初めて生まれる超強力な技です。ゴムの柔らかさと、覇気の硬さ。この二つが合わさることで、あの圧倒的なパワーとスピードが実現されているのです。
つまり、エースの死をきっかけに手に入れた「覇気」がなければ、ルフィの代名詞ともいえる必殺技「ギア4」そのものが、この世に生まれることなかった可能性が高いといえます。
エースの死がもたらした「覇気の習得」。それは、ルフィが新世界の強敵たちと渡り合い、そしてギア4を完成させるための、絶対に欠かすことのできない“土台”だったと考えられます。兄の死がなければ、ルフィはドレスローザでドフラミンゴに敗北していた可能性すらあったといえるでしょう。
◆ギア5覚醒への道──死の淵に立つための条件
そして物語は、ルフィの成長の最終段階「ギア5」への覚醒へとたどり着きます。この奇跡が起きた絶対条件を振り返ることで、エースの死が持つ本当の意味が見えてきます。
ギア5、すなわち「ヒトヒトの実」幻獣種モデル“ニカ”が覚醒したのは、四皇カイドウとの死闘の末、ルフィが一度「心肺停止」状態に陥った、まさにその瞬間でした。
それは、ギア4を使いこなし、覇王色の覇気をその身に纏うほどの高みに達したルフィが、それでもなお届かない存在。本物の“最強”を前に、心と体のすべてを燃やし尽くした結果といえます。
しかし、エースが生きていて、ルフィが覇気を本格的に習得せず、ギア4も完成させていなかったとしたらどうでしょう。
そもそもルフィは、ワノ国でカイドウと渡り合うことができず「心肺停止」という、覚醒の引き金である“死の淵”に立つことすらできなかったのではないでしょうか。そのはるか手前で、勝負はとっくに決まってしまっていたのかもしれません。
エースの死という「最大の絶望」があったからこそ、ルフィは「覇気の習得」を決意し、それが「ギア4の完成」につながった。そして最終的に、カイドウとの死闘の果てに「ギア5への覚醒」という奇跡を可能にしたと考えられるでしょう。
この“絶望から覚醒へ”と続く一本の道こそが、ルフィの物語の根幹に流れる、皮肉でありながらも、必然の道のりだったといえます。
エースの死は、ルフィの物語における最大の悲劇でした。しかし、その悲劇こそが、彼を覇気の高みへと導き、最終的に「太陽の神」として覚醒させるための、唯一無二の“絶対条件”だった。兄の死を乗り越えたその先にしか、ルフィが世界を救う未来は、存在しなかったのかもしれません。
──エースの死という最大の悲劇。それは、ルフィに「覇気」の必要性を与え、そして「ギア4」を完成させ、さらに“ギア5”へと覚醒させる、絶対不可欠な土台だったといえます。
エースが生きていたら、ルフィはこれほどの急成長を遂げなかったのではないでしょうか。兄の死という「最大の絶望」を乗り越えた先にこそ、ルフィが「太陽」となる未来はあったのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『「ONE PIECE」59巻(出版社:集英社)』





