『サザエさん』には、一家の未来を描いたイラストが存在します。その中に登場するのが、カツオの隣に立つ「カツオ夫人」と記された謎の女性です。いったい彼女は何者なのでしょうか?
◆カツオ夫人とは何者なのか?
「カツオ夫人」というキャラクターが登場したのは、1966年に作者・長谷川町子さんが『サザエさん』連載20周年を記念して描いた一枚の未来図です。
このイラストには、未来の磯野家の面々がずらりと描かれ、「サザエさん一家がひとなみに年とっていたら……」というコメントが添えられています。成長して家庭を築いたカツオやワカメ、年を重ねたサザエ・波平・フネなど、おなじみのキャラクターたちが並び、時の流れを感じさせる一枚です。
その中で、成長したカツオの隣に立つのが「カツオ夫人」と記された一人の女性。一見したところ、原作やアニメ版で見たことのない容姿をしており、まるでこのイラストだけのオリジナルキャラクターのようにも見えます。
そのため、「このカツオ夫人は何者なのか?」という議論が一部のファンの間で長年交わされてきました。
しかしこの女性をよく観察すると、原作に登場する「ある人物」と共通点が多く見つかります。
◆カツオ夫人と原作かおりちゃんの容姿が一致?
未来図の「カツオ夫人」の容姿をよく見ると、原作のかおりちゃんと共通するパーツが多いことが分かります。たとえば、垂れ下がった長い眉毛、ぱっちりしたまつ毛、笑ったときの目元のカーブ、髪のトーンなど です。
特に注目すべきは目元の描写。原作の『サザエさん』において、まつ毛をはっきりと描かれるキャラクターは少なく、これは特徴的だといえます。
「カツオ夫人」の輪郭は面長で、原作のかおりちゃんよりもシャープな印象を受けるため、別人のように感じるかもしれません。ですが、それも年齢による変化と考えれば納得できます。たとえば、ワカメも子供時代は丸顔でしたが、未来図では面長な輪郭に変化しました。
鼻の形も、かおりちゃんより「カツオ夫人」のほうが大きく見えます。しかし、鼻は年齢とともに肥大化しやすいパーツ。カツオやサザエ、マスオなどほかのキャラクターも、未来図では現在の姿より鼻が大きく描かれています。
目や眉毛、まつ毛といった年齢に左右されにくいパーツと、輪郭や鼻のように成長によって変化が出やすいパーツに着目すると、「カツオ夫人」はかおりちゃんの成長後として予想される姿にかなり近い容姿だといえるでしょう。
◆かおりちゃんの名前と「磯野姓」の相性がよいワケ
「かおり」という名前にも、注目すべきエピソードがあります。
かおりちゃんは、原作ではカツオのクラスの中で「一番かわいい子」 として登場しますが、名前はありませんでした。それが、アニメ化にあたって「かおり」という名前が与えられます。
興味深いのは、2011年に『サザエさん』生誕65周年記念作品として放送された「サザエさん うちあけ話」で語られたエピソード。
長谷川町子さんが『サザエさん』の主人公の名前を考えた際、最初に浮かんだ候補が「磯野かおり」だったという話です。
『サザエさん』の登場人物には、海産物にまつわる名前が多く付けられています。これには長谷川町子さんが、妹の病気療養中に海岸を散策する中で思いついたネーミングだから、という理由があります。
「海の香り→磯の香り→磯野かおり」という連想から生まれた、「磯野かおり」という名前の語感を気に入った長谷川町子さん。ですが、「かおり」という名前はおしとやかな印象があり、おてんば娘と決めていた主人公像に合わないと感じて「サザエ」という名前にしたのだそうです。
このエピソードから「かおり」という名前が、「磯野」という苗字との相性がバツグンに良いと、長谷川町子さん自身が考えていたことが分かります。アニメ版で、かおりちゃんにその名前が与えられたことは、単なる偶然とは思えません。
◆カツオと花沢さんや早川さんとの関係は?
「カツオ夫人」の正体を考察するには、ほかの有力候補についても触れておく必要があります。
まず代表的なのが花沢さんです。カツオと花沢さんの関係性が取り上げられるようになったきっかけは、1994年に放送された『サザエさん』放送25周年記念スペシャル「どうなる?磯野家の未来」です。
この回では、カツオたちがタイムマシンで25年後の未来に行くというストーリーが展開されます。その中では、花沢さんがカツオの妻として登場します。しかし、この未来はあくまで「カツオの夢オチ」というもの。
『サザエさん』の未来を描いた実写版では、作品ごとに花沢さんの扱いは違い、友達以上恋人未満のような関係になることもあります。しかし原作では、花沢さんとカツオの関係が発展する描写はほとんど見られません。なにより原作の花沢さん(原作での名前は「ミツコ」 )は、黒髪に短い眉毛、ツリ目など「カツオ夫人」とは容姿がかけ離れています。
また、早川さんも忘れてはならない存在です。原作では、カツオが好意を寄せるような描写がある早川さん。かおりちゃんや花沢さんとは違い、原作から「早川さん」という現在の名前を与えられている キャラクターです。
ですが、「カツオ夫人」と早川さんの容姿を比較しても、明らかな共通点は見出せません。特にまつ毛や眉毛が描かれていない点で、「カツオ夫人」とは大きな違いがあります。
2人とも容姿が大きく違うことから「カツオ夫人」である可能性は低く、「カツオ夫人=かおりちゃん、もしくはかおりちゃんによく似た容姿の女性」と考えられます。
──「カツオ夫人」が登場する未来図のほかにも、10年後 ・30年後 の一家を描いた漫画が存在する『サザエさん』。『サザエさん』の世界には、まだまだ語られていない秘密が隠されているのかもしれません。
〈文/鷹野あやね〉
※サムネイル画像:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000069859.htmlより
©長谷川町子美術館