11月21日から公開となったスタジオ地図の最新作『果てしなきスカーレット』はこれまでの細田守監督作品と一味違う作風の衝撃作となっており、公開まもなく観た人からは賛否が大きく分かれる作品となっています。細田監督の作品といえば『時をかける少女』や『サマーウォーズ』など明快な作品をイメージする人も多いかもしれませんが、実は『果てしなきスカーレット』は「あの名作」をベースにした驚きの映画だったのです。
◆なぜスカーレットはデンマーク出身なのか? 『ハムレット』との関係性
まずそもそも『果てしなきスカーレット』にはベースとなる物語が存在します。それが世界的に有名な戯曲『ハムレット』。シェイクスピアが手がけた“四大悲劇”の一つとして数えられる作品で約1600年ごろに書かれたとされる歴史の長い作品です。
今回の映画ではスカーレットの子供時代からの様子が冒頭で描かれます。はっきりと中世のデンマーク出身だと描かれ、親しくしていた父親を処刑して王位を奪った叔父のクローディアスに対するスカーレットの復讐心がいかに芽生えたかが描かれていきます。
このデンマークという舞台であったり、登場人物である宿敵クローディアスや、その側近たちの名前であったりははっきりと『ハムレット』からの引用であり、作品を知っている人にとってはこの映画自体が『ハムレット』をベースとして、それに独自の世界観やストーリーを加えていった作品だと分かるようにできています。
すでに細田監督といえば過去作品が海外の映画祭などにも多数出品されていて、日本だけでなく世界の市場に向けても発信しているクリエイターの一人です。今回『ハムレット』を引用したというのも、世界スケールで“知られている”作品であることからも、この作品自体も国外の多くの人に理解してもらいやすいというねらいはあったであろうことや、作中で描かれる荒廃した世界で争いを続ける人々の様子は、今日的な紛争地帯で続く戦争を重ねられずにはいられません。
『果てしなきスカーレット』はそんな、ストレートに“世界平和の実現”というものに向き合って本作を描いたことは『ハムレット』自体をよく知らなかったという人でもねらいが掴めるところでしょう。今回の『果てしなきスカーレット』は真っ向から、世界を視野に入れて製作された作品なのです。
思えば、公開前に発表されたポスターなどでも「生きるべきか」というフレーズが本作には添えられていました。『ハムレット』には有名なフレーズとして、主人公のハムレットが苦心して放つ、“To be, or not to be, that is the question.”という有名なセリフがあり、これの代表的な翻訳として「生きるべきか、死ぬべきか」という一節があります。「生きるべきか」というフレーズの時点で、そもそも『ハムレット』を新たに描いていくと高らかに宣言されていたのだと、思い知るところです。
『ハムレット』を知らないと楽しめない映画では全然ないのですが、主人公のスカーレットの境遇といった部分や、いくつかの演劇的な登場人物の発言や動向には“元ネタ”があるからこそなので、それを踏まえておくと作品の見え方も変わっていくでしょう。
◆細田監督はなぜ3DCGアニメーションを使うのか? そのねらいとは?
ストーリー以外でも知っておきたい部分として、細田監督の画作りの部分でも意識しているところも知っていると見え方は変わってきます。
『果てしなきスカーレット』の大半のシーンが、いわゆるセルルック3DCGアニメーションで製作されています。『トイ・ストーリー』などのピクサー作品などで使用されている3DCGという技術を使いながら2Dの手描きアニメーション風に仕上げるというもので、意識していないと3DCGとは思えないような精巧さで作られています。
ただし、細田監督は全編をその手法で作っているのではなく意識的に手法を使い分けていることでもおなじみ。一般的には3DCGの使いどころと言えば、登場人数が多いシーンであったり、同じオブジェクトが頻出するといった場合に作画コストを減らすといった目的で3Dと2Dを混在させることは多いですが、細田監督の作品では描いている場面によって“画材”を変えるかのように使い分けているのがポイントです。
『サマーウォーズ』や『竜とそばかすの姫』のようにオンライン上の世界を描くのに3DCGを使って、オフラインの世界は手描きアニメーションを軸にしたり、今作でもはっきりとスカーレットがどのタイミングで3DCGで描かれるのか、2Dの手描きで描かれるのかは分けられています。
そのうえでこのシーンは3DCGで描かれてるのかどうかを意識して観ていくと、この映画の緻密さといったところをねらい、さらには手法が違うのにそれをシームレスに見せる技術力の高さなどが具体的に感じられるでしょう。
──下敷きとしている作品への認知であったり、癖の強いストーリーからネガティブな反応も受け得る作品とは思う一方、本作で描かれる映像の極まり方はしっかり未知の体験となっています。早くも口コミの賛否が割れているので余計に、観る前の先入観を持たされやすい状況になっていますが、こういった作品こそ製作側のねらいを踏まえて観ると、作品への焦点の上手い合わせ方ができるでしょう。「行くべきか、行かざるべきか」で悩んでいる人も、その“一見の価値”を軸に臨んでみてはどうでしょうか。
〈文/ネジムラ89〉
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。『FILMAGA』、『めるも』、『リアルサウンド映画部』、『映画ひとっとび』、『ムービーナーズ』など現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。映画『ミューン 月の守護者の伝説』や映画『ユニコーン・ウォーズ』のパンフレットにライナーノーツを寄稿するなどその活動は多岐にわたる。noteでは『アニメ映画ラブレターマガジン』を配信中。X(旧Twitter)⇒@nejimakikoibumi
※サムネイル画像:映画『果てしなきスカーレット』公式サイトより 『「果てしなきスカーレット」ファイナルビジュアル (C)2025 スタジオ地図』




