『SLAM DUNK』には、連載が終了しても回収されていない謎がいくつかあり、それが伏線だったのではないかと考察されることがあります。また、登場回数が少なく忘れ去られたキャラクターも存在します。
◆連載終了後に回収された伏線・残った謎
連載終了から28年が経った『SLAM DUNK』ですが、実は連載終了後に思わぬ形で回収されたキャラにまつわる伏線と、今なお謎のままになっている未回収の伏線があります。
●花道が見た夢は伏線? ラストシーンは予見されていた!?
花道はチームが静岡代表の常誠高校との合宿に行っている間、安西先生とミドルシュート2万本の強化練習に励み、#194~196の3話にわたってその奮闘が描かれました。
その最終話となる#196の冒頭で、花道は海南の牧、清田とともに視察に行った際に目撃した名朋工業との激戦の夢を見ますが、これが原作最後となった王者・山王工業との試合のラストシーンとあまりにも酷似しています。
問題の夢は残り試合時間5秒で1点差という緊迫した状況でタイムアウトを取っており、赤木が檄を飛ばすシーンから始まります。
試合再開後、流川がゴール切り込むもダブルチームに付かれ、シュートに行けず45度位置で待っていた桜木がパスをもらい、特訓していたジャンプシュートを放つところで夢から醒めます。
相手が名朋だという点と、森重のように花道のシュートブロックを試みた選手がいなかった点を除けば、流川にダブルチームでディフェンスが付いたこと、花道にパスが渡った時点で残り1秒程度だったことや、花道がパスをもらった位置など、多くの奇妙な一致があり、「まるで正夢では?」と思わせるものでした。
結果的にこれが伏線だったかは、井上先生の口から語られていませんが、すべては山王戦への布石だったと考えることもできるかもしれません。
読者の中でこの夢を伏線とする見方は多くはありませんが、X(旧Twitter)などのSNSでは「すべては山王戦のため」と考える意見もあるようです。
●インターハイ優勝校はどこ? 井上先生「一応あるんです僕の中の答えが……」
『SLAM DUNK』の最大の謎ともいえるのが、「インターハイ優勝校はどこなのか?」ということでしょう。
原作では、神奈川県予選1位出場を果たした海南大付属が2位ということだけが描かれていますが、優勝校について語られることはありませんでした。
2018年にYouTubeチャンネル『朝日新聞デジタル』で公開された動画『スラムダンクとバガボンドの違いとは 岡田優介選手と井上雄彦さんが対談 (Bリーグ・主役に迫る)』において、対談相手のプロバスケットボール選手・岡田優介さんは、『SLAM DUNK』のインターハイ優勝校について質問し、「名朋工業」と予想を口にしますが、これに対して井上先生は「それはないんですよ」と否定しています。
続けて「(物語に)出てこないチーム」としており、「名朋優勝じゃヤダなって。まさに才能っていうか、そういう選手はやだなって」「一応あるんですよ僕の中の答えが」と、原作で描かれなかった大きなヒントを語っています。
これらの情報をもとに考えると、まず海南が2位ということは決勝で敗れたということになるので、海南をはじめ湘北、山王がいたトーナメント表の向かって左側のブロックの29校(トーナメント表の1~29番)ではないということになります。
つまりトーナメント表の右側(30~59番)の中の高校が候補となりますが、作中に登場した大阪の大栄学園、愛知の名朋工業、福井の堀、千葉の浦安は消え、それらの高校に敗れた千葉の富房、静岡の常誠、青森の町田三商も可能性はないので、23校に絞られます。
とはいえ、作中に登場した強豪校が序盤で敗退するとは考えにくいため、湘北のいた15校のブロックは愛和学園が、名朋と大栄のブロックは名朋が準決勝まで勝ち上がったとすると、優勝校はどの高校もいなかったトーナメント表の右上にあたる30~44番のブロックの15校のうちのどこかである可能性が高いと考えられます。
残念なことに、大会1日目終了後のトーナメント表は原作では左半分しか描かれておらず、これ以上の推測は難しいですが、SNSなどでは井上先生の出身が九州の鹿児島県であること、実際のインターハイでは連載当時、山王のモデルとなった秋田の能代工業が優勝、準優勝が福岡の福岡大学附属大濠だったことなどから、博多商大付属ではないか? という声もあるようです。
詳しく読む⇒「花道が見た“夢”は伏線だった?」「牧の色黒にはワケがあった!?」……『スラムダンク』連載終了後に回収された伏線・残った謎
◆忘れられた人物・コミック初コマでの驚きの伏線
原作終了から26年の時を経て、2022年に最新映画『THE FIRST SLAM DUNK』が世界的なヒットを記録した『SLAM DUNK』。
現代でも高い人気を誇る名作には、重要な役割でありながら影の薄い登場人物や、過去の映画作品でサプライズ登場し、意外な形で伏線回収となった人物が存在します。
●湘北の顧問はほかにもいた!?──鈴木先生って誰?
湘北高校バスケ部の監督といえば安西先生ですが、実は別に「顧問」の先生が存在していたことは、記憶に残っていない読者も多いのではないでしょうか?
インターハイ直前、湘北バスケ部が静岡代表の常誠高校との合宿に向かうときのこと。安西先生は同行せず、花道の個人練習を指導するために神奈川に留まりましたが、代わりに選手たちの引率を任されていたのが「鈴木先生」でした。
鈴木先生は安西先生がメインのコマの後方に小さく描かれ、見た目はYシャツにネクタイ、メガネをかけた中年男性で、いかにも昭和生まれの教師という風貌。セリフもなく、ただただ安西先生から引率を頼まれている旨が紹介されただけの登場でした。
実はそんな鈴木先生ですが、湘北バスケ部の公式戦には過去にも同行していたことが判明しています。
安西先生が不在のままインターハイ出場を懸けた挑んだ陵南戦に、登場こそなかったものの、鈴木先生が選手たちを引率していたことが安西先生のセリフで明かされたのでした。
バスケットボールの指導ができる人かどうかは不明で、これまでの練習シーンや試合で登場することはなかった鈴木先生ですが、陰ながら顧問として湘北バスケ部を支え、安西先生の不在時も選手を引率するなど責任をまっとうしていました。その割にはあまりにも知名度が低く、もはやモブキャラ扱いの鈴木先生は、湘北バスケ部関係者の中では「忘れられた不遇の人物」だといえそうです。
●原作初コマで張られた伏線を映画で回収! 武園学園・小田
「ゴメンなさい桜木君」「わたしバスケット部の小田くんが好きなの」──『SLAM DUNK』原作の第1コマ目に登場する女の子のセリフですが、主人公の花道が彼女にフラれるところから物語は始まりました。
中学生の3年間で実に50人の女の子に告白し、フラれ続けた花道でしたが、晴子との出会いが転機となりバスケットマンとして成長していきました。
初コマに登場した彼女については、花道が晴子と出会い、一目惚れしてバスケットボールを始める口実を作るための、お笑いでいうところの「振り」だと思われていた読者も多かったと思います。そんな名前すら明かされていなかった彼女ですが、その後に意外な形で主要人物として再登場することに……
『SLAM DUNK』のTVアニメ放送がスタートした1993年10月から約半年後の1994年3月に公開された初の劇場版『スラムダンク 劇場版』にて、中学生時代に花道をフッた彼女と「小田君」が登場したのです。
彼女の名前は島村葉子で、小田とともに神奈川の武園学園に進学。想いを寄せていた彼とは交際関係にあったものの、事情により疎遠になっているという設定でした。
小田はというと、花道たちと同じくバスケットボール界では無名の和光中出身ながら、類稀な才能と努力によって1年にして武園学園のスタメンとなっていました。しかし、勝利への執念が強すぎるあまり、チームメイトや葉子にもキツく当たるようになったことで、2人の仲は破綻寸前でした。
そんな中、湘北との練習試合で再会を果たした3人でしたが、小田は中学生時代に不良だった花道がバスケットボールを始めたことが気に入らず、最初は彼にもキツく当たっていました。しかし、試合を通して花道が本気でバスケットボールに向き合っていることに気付き、自身も初心にかえったことで葉子との仲は元通りになりました。
原作の連載がスタートした段階で、葉子や小田の登場が予定されていたかは分かりませんが、原作最初のコマとセリフは、結果的にその後の劇場版1作品を作り上げるに至る壮大な伏線となりました。
詳しく読む⇒湘北には「安西先生のほかにも顧問がいた!?」 『スラムダンク』忘れられた人物・コミック初コマでの驚きの伏線
〈文/アニギャラ☆REW編集部 @anigala01〉
※お詫びと訂正
本文中のSLAM DUNKの名前に誤りがありました。
深くお詫びするとともに、以下の通り訂正させていただきます。
【誤】SLUM DUNK
【正】SLAM DUNK
※サムネイル画像:Amazonより