居眠りしながら自転車をこぎ、時には車にぶつかる。誰もが記憶している、流川の奇妙な通学風景。しかし、これが彼の弱点である「体力不足」を乗り越えるための、毎日続けられていた“地味で厳しい練習”だったとしたらどうでしょうか。一見するとただの面白い場面にすぎなかったあの日常にこそ、彼の本当の強さの秘密が隠されていたのかもしれません。
◆天才の矛盾──居眠り運転とスタミナという“弱点”
流川楓といえば、誰もが認めるバスケットボールの天才です。しかし、彼の日常の姿である自転車での通学風景は、その華麗なプレーのイメージとはどこかかけ離れた不思議なものでした。
居眠りしながら器用に自転車を乗りこなし、時には猫をよけ、時には車とぶつかっても平然としている。バスケのプレーからは想像もつかない、どこか抜けていて無防備なその姿。そして、疲れる自転車という手段をわざわざ選んでいるようにも見えます。なぜ彼は、もっと楽な方法で学校に通わないのでしょうか。
この一見すると無関係な日常の姿と深く結びついてくるのが、安西先生が的確に見抜いた、彼の選手としての「唯一の弱点」かもしれません。それは、海南との試合で誰の目にも明らかになった「体力不足」です。試合の前半では、相手エースの牧を圧倒するほどの爆発的なプレーを見せながら、後半になると明らかに動きが鈍り、持ち味の爆発力を発揮しきれなくなっていました。
「日本一の高校生になる」。誰よりも高い目標を掲げる彼にとって、この体力不足は、絶対に乗り越えなければならない最大の壁だったハズです。
ただの面白い場面に見える「奇妙な自転車通学」と、彼の選手生命に関わる「体力不足という弱点」。バスケのためならすべてを懸ける流川の執念を考えれば、この二つがまったく無関係ではないと考えても不自然ではありません。彼の日常の行動にこそ、その大きな弱点を乗り越えるためのカギが隠されていたのではないでしょうか。
◆たんなる移動手段ではない──日常に溶け込んだ“練習道具”
流川の自転車通学は、具体的にどのような意味を持っていたのでしょうか。それは、彼にとってたんなる移動のための乗り物ではなく、日常に溶け込んだ「練習道具」だったと考えられます。
まず考えられるのが、体力の土台を作るための、地道な走り込みと同じ効果です。どれくらいの距離を通っていたかは定かではありませんが、毎日学校へ通うために自転車をこぎ続けることは、心臓や肺の働きを高め、長く走り続けるための持久力を養います。通学という、誰もが毎日行う当たり前の時間すらも、彼は基礎体力をつけるための地味な練習に変えていたのではないでしょうか。
さらに、自転車をこぐ動きは、高く跳ぶ力や、一瞬で相手を抜き去る速さに直結する、太ももやふくらはぎの筋肉を日々鍛え上げます。下半身の強さと体の軸を養うという点でも、効果的な練習だったといえるでしょう。
そして何より注目したいのが、あの「居眠り運転」です。もちろん現実では非常に危険な行為ですが、物語の中の表現として見れば、彼の驚くべき身体能力を証明しているとも読み取れます。眠りながら、無意識のうちに自転車のバランスを取り続ける。これは、人並み外れた体の軸の強さと、体の傾きを敏感に感じ取る優れた感覚がなければ不可能といえます。あの「居眠り運転」は、流川の強靭な肉体の土台を、面白おかしく表現していたのかもしれません。
作中で、流川が「通学を練習のためにやっている」と語ったことはありません。しかし、彼の行動を読み解くと、その日常が強くなるための体力作りにつながっていたと考えるのは、自然な解釈の一つといえるのではないでしょうか。
◆山王戦への道──“地味な鍛錬”が生んだ驚異的な成長
流川の自転車通学が彼の肉体を静かに鍛え上げていたのだとすれば、その成果がもっとも表れたのが物語のクライマックス、山王との一戦でした。
海南との試合でスタミナ切れという屈辱を味わった流川。あの敗北は、誰よりも負けず嫌いな彼に、日々の地道な練習の重要性を改めて痛感させたと考えられます。そう考えると、彼の自転車通学も、結果的にその課題克服につながる鍛錬の一部になっていたと見ることができるでしょう。
そして迎えた山王戦。相手は高校バスケ界の頂点に君臨する絶対王者。その中で流川がマッチアップした沢北は、日本一のエースと呼ばれる存在でした。試合は序盤から互いの意地とプライドが激しくぶつかり合う展開となります。
しかし、山王戦での流川は、海南戦で見せた後半の失速が嘘のように、試合の開始から終わりまで運動量を維持し続けました。もちろん沢北相手に疲労は隠せませんが、勝負どころでは再び加速し、最高のプレーを繰り返す。その姿は、数ヵ月前と比べても持久力が格段に向上していたことを示しているといえるでしょう。
流川が、山王戦で最後まで戦い抜けたのは、彼の天才的な技術だけが理由ではないのかもしれません。その土台には、毎日毎日ペダルをこぎ続けた、誰にも見せることのない地味で過酷な練習があったのではないでしょうか。あの居眠り運転の先にこそ、日本一のエースと互角に渡り合うための道が、確かに続いていたといえるでしょう。
──なぜ、流川は自転車で通学していたのか。それは、弱点である「体力不足」を乗り越えるための、日常に溶け込んだ地道な練習だったからではないでしょうか。天才の華麗なプレーは、才能だけで成り立っているわけではないといえます。その裏側には、誰にも見せない退屈な努力の積み重ねがありました。流川の姿は、真の天才とはもっとも地味な努力を続けられる人間のことなのだと教えてくれるのかもしれません。
〈文/凪富駿〉
《凪富駿》
アニメ・漫画に関するWebメディアを中心に、フリーライターとして活動中。特にジャンプアニメに関する考察記事の執筆を得意とする。作品とファンをつなぐ架け橋となるような記事の作成がモットー。
※サムネイル画像:Amazonより 『「SLAM DUNK 新装再編版」第19巻(出版社:集英社)』