<この記事にはTVアニメ・原作漫画『SPY×FAMILY』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
10月4日より始まったTVアニメ『SPY×FAMILY Season 3』。同時に公式サイトでは「ロイド過去編」のPVも公開され、いよいよロイドが<黄昏>になった経緯が描かれることでしょう。そんな過去編では、どこか現実の歴史とリンクする緻密な舞台設定がカギとなってきそうです。
◆随所に散りばめられた東ドイツの文化
作者の遠藤達哉先生は、ジャンプコミックス1巻のコメントにて「『SPY×FAMILY』は架空の国の話だ」と言い切っています。しかし、物語に登場する舞台「東国(オスタニア)」と「西国(ウェスタリス)」は、あまり歴史に詳しくなくても近代ヨーロッパをモデルにしていると予想がつくのではないでしょうか。
実際に原作やTVアニメ第2期までの描写を見ると、東国(オスタニア)ではかつての東ドイツの文化が随所に見受けられます。
たとえば、ロイドたちが暮らしている街「バーリント」。作中ではローマ字も書かれており、綴りは”Berlint”となっています。そして、ドイツの首都は「ベルリン”Berlin”」です。
また、作中に登場する通貨単位も現実のものと似ています。第1話で「1D (ダルク)の物は10P (ペント)硬貨じゃ買えないぞ」とのロイド発言から判明した東国(オスタニア)の通貨単位。そして当時の東ドイツの通貨は「マルク」で、通貨補助単位は「ペニヒ」で、これも非常に似ています。
さらに、食事にも東ドイツの文化が落とし込まれています。たとえば第24話で、ヨルがロイドたちに振る舞った「南部シチュー」。東欧では、ハンガリー起源のグヤージュというシチューが有名で、地域によってさまざまなバリエーションで楽しまれている料理となっています。
ヨルはシチューの隠し味にサワークリームを入れてさらに目玉焼きを乗せていましたが、このタイプのアレンジがよく見られるのがオーストリアだそうです。そして面白いことに、作中でカミラがヨルの出身を尋ねた際、ヨルは「ニールバーグの東の方です」と答えていました。もちろんニールバーグは架空の地域ですが、仮に現実のニュルンベルクの位置と近いのであれば、その東といえばオーストリアに隣接した地方になり、郷土料理が一致します。
このほかにも、作中では当時東ドイツで生産された「トラバント」や、メルセデス・ベンツの高級リムジン「プルマン」に酷似した車なども登場します。このように、東国(オスタニア)には東ドイツの文化が見事に落とし込まれているのが分かります。
◆<黄昏>関連のモデルはもちろん“エンタメスパイ”の発祥国
一方で、西国(ウェスタリス)はどうでしょうか。主な舞台となるのは、ロイド扮する<黄昏>が所属する組織「西国情報局対東課」、通称「WISE(ワイズ)」となります。そして活動内容がスパイのため、有名なスパイ組織があるイギリスの要素が多く盛り込まれているのです。
実際、遠藤先生もそういったイメージがあったのか、2020年12月に行われた『ジャンプフェスタ2021』で「ロイドの名前は、“イギリス、人気、名前”で検索しました」と明かしています。
そんなイギリスのスパイ映画といえば、やはり『007(ダブルオーセブン)』シリーズを思い浮かべる人も多いでしょう。ジェームス・ボンドが所属するのは、実在するイギリスの諜報機関「秘密情報部(MI6)」です。実は、作中に登場する「WISE」本部の外観は、この「MI6」本部ビルとそっくりにデザインされています。
またデザインといえば、アーニャが通う名門校「イーデン校」も注目です。このイーデン校のモデルになったであろう学校がイギリスの名門パブリックスクール「イートン校」です。イーデン校の校舎はイートン校と非常によく似た作りとなっていますが、その共通点は建物のデザインだけではありません。
イートン校はイギリス国内でも超難関校に位置付けられており、かつて在籍した生徒の多くは富裕層出身だったそうです。つまり、作中でロイドが「情報の宝庫」と言っていた通り、名だたる名家の子どもたちが通っていた点が共通します。
さらに面白いのは、イートン校には特待生を「王の学徒(キングス・スカラー)」と称する校則があります。これはアーニャが目指す「皇帝の学徒(インペリアル・スカラー)」という呼び名が似ているだけでなく、システムも共通しています。
今後もロイド関連に関しては、イギリス文化が色濃く反映されていくのかもしれません。
◆第3期で描かれるロイドの過去は「鉄のカーテン」の時代?
このように、『SPY×FAMILY』では近代ヨーロッパをモデルにしている点が非常に多く見られます。そんな中で、Season 3で描かれるロイドの過去にも密接に関係してくるのが、時代背景になります。
実は時代背景については、ジャンプコミックス6巻の作者コメントで「1960年~1970年代くらいの時代を想定して描いている」と明かされています。ここで注目したいのは現実におけるこの時期のヨーロッパ情勢です。
まさに東西冷戦の真っ最中で、1961年にはドイツでかの有名なベルリンの壁が建設されました。第12話でも「東西の間に鉄のカーテンが下されてから十余年」と表現されていて、時期が重なっています。
ちなみにこの「鉄のカーテン」という言葉は、歴史用語で冷戦時代の東西両陣営の分断を暗喩で、ベルリンの壁はまさにその物理的な象徴でした。つまり作中の時代でも、かつて東国(オスタニア)と西国(ウェスタリス)の間で戦争が起き、東西が分断されてしまったと解釈できるのではないでしょうか。
このあたりは、公式PVでロイドが語っていた「戦争」とつながってくるのかもしれません。
──このように『SPY×FAMILY』では、生活や食文化といった何気ない日常も作り込まれています。遠藤先生が散りばめた緻密な舞台設定と取材力の高さが窺い知れるのではないでしょうか。Season 3では『SPY×FAMILY』の世界観に、注目してみるのも一興でしょう。
〈文/fuku_yoshi〉
《fuku_yoshi》
出版社2社で10年勤め上げた元編集者。男性向けライフスタイル誌やムックを中心に、漫画編集者としても経験を積む。その後独立しフリーライターに。現在は、映画やアニメといったサブカルチャーを中心に記事を執筆する。YouTubeなどの動画投稿サイトで漫画やアニメを扱うチャンネルのシナリオ作成にも協力し、20本以上の再生回数100万回超えの動画作りに貢献。漫画考察の記事では、元編集者の視点を交えながら論理的な繋がりで考察するのが強み。最近では、趣味で小説にも挑戦中。X(旧Twitter)⇒@fukuyoshi5
※サムネイル画像:Amazonより 『「SPY×FAMILY」第1巻(出版社:集英社)』