魔界において最大級の勢力と戦闘力を誇っていたS級妖怪の軀は、魔界統一トーナメントにおいて優勝を掴み取ることはできませんでした。

 しかし、大会後のストーリーからは彼女が「わざと優勝を譲ったのでは?」と思わせる描写がいくつもあり、飛影との関係性からも軀の心理を読み解くこともできます。

◆実は野心はなかった? 雷禅も認めていた軀のシンプル主義

 軀の生い立ちは壮絶なもので、産まれて間もなく父・痴皇から虐待を受けて育ち、逃れるために7歳の時に自ら酸を浴びて半身に重症を負いました。

 そんな境遇から人格は歪み、その後は目にとまる者一人残らず命を奪うという日々を送り、気づけば魔界の一角を牛耳れるほどの力を手にしていたと語られています。

 幽助たちが魔界に赴いたとき、魔界では雷禅、軀、黄泉の三大妖怪が支配していましたが、雷禅は「人を食べない」という思想を持ち、黄泉は「魔界を支配する」という野望を持って国を構えていました。

 しかし、実は軀は特に目的や思想らしきものは一切語られておらず、自身の生い立ちによる、言わば副産物的に魔界での勢力を手にしていた、と考えられます。ただ、雷禅の「人を食べない」という思想には賛同できず、黄泉の支配下で生きることも嫌で、結果的に三大勢力の一角となってしまった、という図式です。

 雷禅が死の直前、幽助に対し軀には好意的であるかのような発言をしていることから、軀は魔界の覇権が目的で力を付けたのではなく、気づけば強くなっていた……と考えるのが自然だといえるでしょう。

◆軀を変えた「氷泪石」と「飛影の記憶」

 憎しみの力のみで生きてきた軀を変えた最大の要因の一つに、飛影の「氷泪石」が挙げられます。

 元は飛影のものでしたが、献上品としてとある妖怪より贈られ、軀が隠し持っていました。軀は氷泪石について「オレはその石のおかげで救われた」と、治療機の中で眠っている飛影に語っています。

 そして、もう一つの要因が、そのときに軀が触れた「飛影の記憶」でしょう。飛影の記憶に触れた軀は「お前の意識は今までオレが触れたもの中で一番心地いい」と語っており、顔を隠すために巻いていた包帯や服を脱いで素顔と生まれたままの姿を晒し、自らの意識も飛影に共有しています。

 このシーンでの発言によって、軀を穏やかな性格に変えはのは氷泪石が持つ「憎しみを吸い取る」不思議な力と、飛影の「自分と似た境遇」であったことが明らかになりました。

 魔界統一トーナメント終了後、軀の部下・奇淋が「多分これから先もあの方の真の強さを見ることはかなわぬだろうな」「あの方の目は信じられないほど穏やかになってしまわれた」と漏らしていることからも、軀が変わるきっかけを「氷泪石」が作り、「飛影の記憶」が決定打となり、魔界の覇権などどうでもよくなった、と考えることができそうです。

◆魔界を託せる猛者を見つけ「わざと優勝を譲った?」

 軀が魔界の覇権に興味がなかったと考えるなら、魔界統一トーナメントに参加したこと自体が疑問となりますが、これは黄泉と同じく一妖怪として戦いを楽しみたかったという本音と、もう一つ裏の目的があったと考えられます。

 トーナメントで軀の戦闘シーンは雷禅の旧友・棗とマッチアップした時の数コマのみでしたが、互いに力を確かめ合いながら戦っているのが分かります。結果は軀が勝利しましたが、準々決勝で煙鬼に負けています。

 結果的に煙鬼はトーナメントで優勝を果たし、彼が打ち出した魔界の方針は「人間界に迷惑をかけないこと」で、雷禅が言っていた「霊界や人間界に干渉しない代わりに魔界も変えたくない」という軀の想いとピタリと一致するものでした。

 このことからも、元々魔界の覇権に興味はなかった、強くあるべき目的もなくなった、2つの事実を鑑みて「誰か代わりに魔界を託せる“思想”と“力”を併せ持つ者」をトーナメントを通して探していたのではないでしょうか?

 煙鬼の仲間であり同等の力を持っていたであろう棗には激戦の末勝利し、準々決勝まで勝ち上がったのちに煙鬼に勝ちを譲ったのも、その裏付けといえるかもしれません。

 事実、煙鬼が打ち出した自治法により結成されたパトロール隊の仕事に対し、飛影がうんざりしていたところ、軀は「オレは結構楽しんでいる」と語っており、雑用にやりがいすら感じていることがうかがえます。

◆「拠り所・飛影」「変わらない魔界」それだけが本当の願い……!?

 辛い境遇を経験した軀にとって、強くなっても掴み取りたかったものがあるとするなら、それは「平穏無事な日常」だったのかもしれません。

 飛影をスカウトし、雷禅の死後、国を受け継いだ幽助が魔界統一トーナメントを提案した際、軀は飛影より先にこの提案に乗りました。

 さらに、幽助に肩入れする飛影の本心を見抜き「ちょっと幽助がうらやましい」とこぼしたことから、仲間として、あるいは恋人として飛影に傍にいてほしいと願う心情も垣間見せています。

 優勝後のパトロール隊を楽しんでいたのも、飛影たちと平和な日常を謳歌できていることに喜びを感じていたからかもしれません。

 そんな折、飛影が軀の過去について語って感情を逆なでして彼女の力を試した結果、移動要塞の外まで吹き飛ばされました。

 しかし、本来のフルパワーであれば一撃で飛影を屠ることもできたはずですが、ギリギリの精神状態で力を加減したのも、飛影への愛情によるものだったと考えられます。

 結果的に軀の迷いの原因を確認した飛影は、彼女の父・痴皇に魔界植物のヒトモドキを寄生させてプレゼントとして贈り、彼女にセットされていた復讐防止用の捏造された記憶も解除しています。

 

 ──魔界統一トーナメントで優勝したのは煙鬼でしたが、結果的に幽助たちの目的でもあった人間界の平和維持も実現し、めでたしめでたしのハッピーエンドで幕を閉じた『幽☆遊☆白書』の魔界編。

 しかし、結果に一番満足しているのは「平和な日常」と「飛影という拠り所」の2つを同時に手に入れた軀だったのかもしれません。

〈文/lite4s〉

《lite4s》

Webライター。『まいじつ』でエンタメ記事、『Selectra(セレクトラ)』にてサスペンス映画、韓国映画などの紹介記事の執筆経験を経て、現在は1980~90年代の少年漫画黄金期のタイトルを中心に、名作からニッチ作品まで深く考察するライター業に専念。 ホラー、サスペンス映画鑑賞が趣味であり、感動ものよりバッドエンド作品を好む。ブロガー、個人投資家としても活動中。

 

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