『宇宙よりも遠い場所』が大好きだったという人は、すでに映画館に足を運んでいる人も多いのではないでしょうか。『宇宙よりも遠い場所』で監督を務めたいしづかあつこさんが、劇場公開作品に監督として初めて挑んだオリジナル長編『グッバイ、ドン・グリーズ!』が2月18日(金)より上映をスタートしました。

  2018年に放送されたTVアニメシリーズ『宇宙よりも遠い場所』では女子高生4人組が南極訪問に挑むという内容でしたが、今回の『グッバイ、ドン・グリーズ!』も冒険をフィーチャーした内容となっており、独特の“スケール”を表現した映画となっていました。

 『グッバイ、ドン・グリーズ!』の描いた“スケール”とはどんなものだったのでしょうか。

◆私たちの世界は狭いのか、はたまた広いのかを描いた

 『グッバイ、ドン・グリーズ!』の主人公は高校一年生で幼馴染のロウマとトト、そしてアイスランドからやってきたドロップの3人。全財産を費やしたドローンがひょんなことから山奥に飛んで行ってしまい、3人はある理由からそのドローンを探しに行くという物語です。

 『宇宙よりも遠い場所』では南極を目的地とした物語と比べると、ロウマたちは一日かけて自転車を使って目的地へ向かう程度の距離を目指すので、どこかスケールダウンを感じてしまうところですが、そこにはやはり狙いがあり、この距離感がまた物語に大きなドラマをもたらす仕組みが用意されていました。

 特に注目したいのが、序盤でロウマが語る思惑です。学校のクラスでは疎外感を感じていたロウマは、そんなクラスメイトたちを見下ろしたいという気持ちからドローンで花火大会を撮影するわけです。実は、この“見下ろす”という行為が、この映画の肝。主人公である3人にとって驚くほど長く感じさせるような近隣の山奥への探訪が、シーンによっては大冒険に感じられたり、一方であるシーンではちっぽけなものに感じられたりと、一本の映画の中で視点がグイグイ変わっていきます。

 このスケールの変化は、『宇宙よりも遠い場所』で南極との距離感をアニメ鑑賞以前と以後で変えるような体験と近く、近郊であろうと遠方であろうと旅自体を肯定するような内容が、停滞しそうな気持ちに一日踏み出すポジティブなエネルギーを与えてくれます。

◆もう一人の旅人、チボリ

 本編は、男子3人の物語でありながらも、さりげなく注目して欲しいのがロウマが想いを寄せる同級生の女の子・チボリです。中学生のときにロウマたちの住む田舎町に引っ越してきたのですが、両親の仕事の都合で卒業を待たずに再び海外へ移住してしまうという境遇の人物です。

 ロウマの持つ一眼レフカメラをきっかけに、ロウマと会話を交わし、その言葉がロウマの冒険を後押しすることにもなるのですが、ロウマの視点でこそ憧れの存在に映るチボリも、その境遇を思うとまた別の視点の世界が見えてきます。

 いくらカメラが好きでも校外学習で単独行動を取る姿にはそこまで密接な友達が多いようには見えなかったり、一瞬一瞬を切り取るカメラに愛着を持っているという趣味も、引っ越しを重ねる彼女の背景を踏まえるとどこか因果関係が感じられます。田舎町を出られないロウマと、同じ場所に居られないチボリの二人は対称的だからこそ、物語のあるシーンでロウマとチボリのドラマが交差する瞬間に強い感動を覚えます。

 チボリは物語に大きく絡まない一方で、その存在がまたしっかりと『グッバイ、ドン・グリーズ!』の視点を広めてくれる役割を担ってくれています。

◆新型コロナウイルスの奪ったものの大きさを痛感する一本にも

 そして、もう一つ。制作側としては不本意だったのでしょうが、「外の世界へ旅立つこと」がどれだけ素晴らしいことだったのかを、時勢的に強く感じられる一本になったことも2022年の今公開されたからこそ痛感させられます。

 『グッバイ、ドン・グリーズ!』では、主人公の一人ドロップがアイスランド出身で、冒険をしていた過去を持つことからアイスランドの描写なども登場するので、海外へも行ってみたいという気持ちにさせられるのですが、新型コロナウイルスの流行を経た現在では、海外に出ることへのハードルが格段と上がってしまったことが強く悔やまれます

 もしコロナ禍を迎える以前にこの映画を観ていたとしたら、もっと純粋な「いつか行ってみたい」という憧れが芽生えたかもしれないのですが、悲しいかな海外へ出ることが格段と難しくなってしまった今では「いつか」の重みは何段階か増したものとなりました。新型コロナウイルスという強い足枷を思い知らされるような映画体験だったことも、2022年に観た思い出として心に刻んでおきたいところです。

 気持ちや人だけでなく、時代によっても、こうも世界はクローズアップされたり、ロングショットになったりとそのスケールを変えていく。そんな意味が乗ったことは、コロナ以前に制作をスタートしたことを踏まえると偶然だったのでしょうが、ある意味『グッバイ、ドン・グリーズ!』だからこそ得られる体験となりました。狭いのか広いのか。近いのか遠いのか。この映画を観たあとでは、今いる足元を見下ろした景色が変わっているのではないでしょうか。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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