◆クジラを思わせるイルカの群れ

 友有座が暗い夜ならではの演出で見せる二つ目の演目が「鯨」です。

 この演目は壇ノ浦の合戦で、陰陽師の安倍晴明がイルカの群れが泳いでいく姿を観て、平氏が敗北することを予言した逸話がベースとなっています。

 海上を舞台に戦い合う平氏と源氏。はじめこそ優勢だった平氏でしたが、次第に旗色が悪くなっていきます。そして突如、平家の船に向かって幾千ものイルカの大群が泳いでくることになります。驚いた平宗盛(たいらのむねもり)は戦況を占わせたところ、このイルカたちが引き返せば平家の勝利、イルカが通りすぎれば平家の敗北であることを示唆し、無情にもイルカは平家の船を前に引き返すことなく通り過ぎていくことになりました。

 このイルカの群れの勢いを鯨の姿に見立て、再び引き返してくることを願う様を、夜の暗闇と火の灯りを用いた演出で友有座は再現してくれます。

◆平家が眠る竜宮城

 映画の終盤でついに足利義満の前で友有座が演舞を披露することになるのですが、そこで演じられる演目が「竜中将」です。

 敗戦を悟った平時子(たいらのときこ)は波の下に極楽浄土という素晴らしい都が有る、と幼い安徳天皇に告げ、ともに壇ノ浦の海に身を投じます。

 同じく壇ノ浦に身を投じた平徳子(たいらのとくこ)でしたが、彼女は源氏によって引き上げられ都へと護送されます。そこで徳子は自身も見たことのないような御殿を見ることになります。

 そこには、我が子である安徳天皇や平時子を始めとした平家の者たちの姿もあり、ここがどこかと聞く徳子に対し時子は竜宮城であることを答えたといいます。

 このように平家の者たちが海の奥深くの竜宮城で暮らしているとされ、詳しくはどこかに在るとされる“竜畜経(りゅうちくきょう)”に記されているという逸話を基に最後の演舞が披露されます。

 安徳天皇は八岐大蛇(やまたのおろち)であり、三種の神器の一つ天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を取り返しにやってきて海底に帰っていった存在で在るという逸話も有り、演出には竜の姿や、主人公の一人・友魚にとっての海や神器との因縁とも繋がっていくクライマックスとなっています。

◆予習復習にもオススメの『平家物語』

 このようにいずれの演目も『平家物語』の内容がベースにあります。

 その内容を知らなくても奇抜な演出の連べ打ちは十分に楽しめる一方で、『平家物語』を知っていると、より作中の演出の意図がわかります。実際に『平家物語』を読んでみたり、サイエンスSARUがまさにその物語をベースにアニメーションへと昇華したTVアニメ『平家物語』を制作したばかりなので、これらを参考にすると演舞の見え方も変わってくるのでしょうか。

 また、作中の友有座の演舞の歌詞は、サウンドトラックや劇場で販売しているパンフレットに掲載されているので、映画を観た後に犬王や友魚が何を歌っていたのかを知るのにもオススメのアイテムとなっています。

 東京・新宿バルト9では2022年6月13日(月)に無発生“狂演”上映も実施されるということで、一度観たという人も当日に備えてじっくり自身を仕上げていってみてはいかがでしょうか。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレターを配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

劇場アニメーション『犬王』
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