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 『未来のミライ』、良い! とても良かったよ!

 2018年7月20日(金)より公開をスタートしたスタジオ地図の細田守監督最新作『未来のミライ』。個人的には断然好きな部類に含まれる映画なだけに、来場客の勢いとしては前作『バケモノの子』よりは、出だしから劣っていたり、SNSなどで観てきた感想として、明らかな不評や微妙な反応が散見できるのが寂しくもあります。


 ただ『未来のミライ』が現代牧歌的な、素朴な内容が展開されるのも確かに否めないのが正直なところ。映画を楽しむには、どれだけ登場人物に気持ちを乗せられるかが鍵になってくる気はします。本作が楽しめた身として、どんな風に気持ちを乗せていたのかを、今回は記し残しておこうと思います。

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4歳児は一体なにを考えているのか

  『未来のミライ』の主人公は4歳の男の子、くんちゃん。このくんちゃんが、ある理由で未来からやってきた自分の妹に出会ったり、家族に関係のある人物に出会って、成長していく物語となっています。

未来のミライ くんちゃん

画像引用元:未来のミライ オフィシャルガイド くんちゃんアルバム出版社:KADOKAWA (2018/7/20)

 人間というのは不思議なもので、自身もかつて4歳の頃というのがあったにも関わらず、当時どんなことを考えていたのか、どんなことに悩んでいたのかなんてことをはっきり思い出せないものです。今回『未来のミライ』を通して見る4歳の視点というものに「こんな感じだったっけか」と、思い出すような体験として楽しませてもらいました。

 自身も丁度最近、くんちゃんぐらいの年齢の甥や姪が出来まして、彼らと接するたびに、明らかな大人との感覚の違いに驚かされたばかりだった経験をしたばかり。おかげで『未来のミライ』で体験するくんちゃんの言動一つ一つへの親近感は、自身の子供が居ないながらも、大きなものとなりました。

 些細なことでゲラゲラ笑っていたり、色に非常にこだわりを持っていたり、語彙はそれほど多くないはずなのに戦隊シリーズやプリキュアに関しての名称は丁寧に覚えていたり。所々くんちゃんと重なる瞬間が甥や姪にあって、4歳の感覚というものへの実感が映画のおかげで生まれたような気がしました。

未来の未来ちゃんに共感した瞬間

未来のミライ

画像引用元:未来のミライ (角川文庫) 出版社:KADOKAWA (2018/6/15)

 そして『未来のミライ』に対して、くんちゃん以上に気持ちが乗ったのが未来ちゃんです。未来からやってきた未来ちゃんに大きく共感し、なんだか微笑ましく思う瞬間がとあるエピソードであったのです。それは『未来のミライ』の映画の前半のエピソードとなる、雛人形を片付ける、という非常に素朴なミッションに挑むシーンです。

 このシーンは未来から来た未来ちゃんが“雛人形をしまい遅れると婚期が遅れる”という迷信を信じて、わざわざ過去までやってきて家人に気づかれないようこっそり雛人形を片づけようとする、という経緯で展開されるエピソードです。人によっては、「つまらない」とか「今(未来だけど)の女子高生はそんなこと気にしない」なんて意見が出てしまうところなようです。が、個人的には全然未来ちゃんに共感できる未来ちゃん派なので、この未来ちゃんの行動に対して私は声を大にして擁護したい!

 中高生ぐらいにとっては、好きな人と結ばれるためなら些細なことも気になるものなのです!

 私も中学生ぐらいの頃に、当時好きな女の子との相性に関して、血液型・十二星座・六星占術……とありとあらゆる占いで相性を確認することに必死になっていた頃がありました。今思えば、「もっとやるべきことがあるだろ!」と思わざるを得ないのですが、当時はそんなことに夢中になっていたりしたものです。そんな過去を持つ身である以上、未来ちゃんが雛人形のしまい忘れが気になっても無理がないと全然思ったりできるのですよね。

 未来の未来ちゃんにはきっと、今気になる想い人が居るのはマチガイナイでしょう。このエピソードに入る直前に、同級生に夢中になる女子高生が通行人として登場するのが示唆的です(その夢中になっている相手が中性的なのも時代への配慮を感じるのがまた面白いところ)。

 未来ちゃんは、気になっている意中の相手に本気な分、自身の家で毎年しまい忘れがちな雛人形のことが気になって気になってしょうがなかったのでしょう。だからこそ、わざわざ時をこえて雛人形を片づけに来たのです。こんな健気な未来ちゃんを私は全力で応援したい。この雛人形を片付けた素朴なあの日が、ぜひ未来ちゃんのこれからの恋の小さな勇気の一つとなっていることを祈ります。

『未来のミライ』が具体的に描かなかったエピソードたちと描かない真摯さ

  くんちゃんが作中でパンツの色にこだわったり、未来ちゃんが前述のように雛人形のしまい忘れを気にしていたり。一見他人には小さいことと思えるようなものでも、実は本人にとってはとても大きなことだったりするものです。

 具体的なエピソードとしては語られないながらも、『未来のミライ』ではくんちゃんやミライちゃん以外のキャラクターの転機とも言えるエピソードが存在することが、終盤、わずかに紹介されます。

 くんちゃんのお父さんの自転車に対する子供の頃思い出が存在することであったり、小さい頃に猫を飼いたがっていたくんちゃんのお母さんがなぜ今猫は飼わずに犬を飼っているのかという理由であったり、さらにはその犬自身にすら涙がこぼれ落ちかねない過去を経ていたり……多くの尺は用意しないものも、そういったディティールが存在することを明示します。

 もしそれらのエピソードが具体的に映画に含まれていたら、もしそのエピソードを冒頭に用意していたら、おそらく『未来のミライ』はまったく別の映画に変わっていたでしょう。あわよくばもっと映画映えするようなドラマティックなものになっていて、そちらの方が好みという人も出てくるでしょう。

 しかし、『未来のミライ』ではそれはしないで、くんちゃんが思い通りにいかず駄々をこねるくだりや、未来ちゃんが雛人形を片付ける場面を注力して描きます。それがすごく良い。

 くんちゃんや未来ちゃんの日常にとっては、駄々や雛人形といった出来事一つ一つもお父さんやお母さんの過去のエピソードと同じく、本人にとってはドラマティックな問題であり、取り上げるに値する大きな事件なのです。映画映えを差し置いて、二人の一見小さな事件を取り上げるのは、むしろくんちゃんや未来ちゃんに対して非常に真摯的です。客観的に見たら小さな出来事も、未来からみたら重要な一ページだった……なんてことが私たちの日常にもきっと溢れている、なんてことをしみじみ思わせる映画。それが『未来のミライ』なんじゃないかと思います。
 
――『時をかける少女』のような甘い青春劇も、『サマーウォーズ』のような命を賭した戦いも、『バケモノの子』のようなわくわくするような異世界も、この『未来のミライ』にはありません。ですが、もっとダイレクトに私たちの日常を切り取り、それが実はドラマティックであることを『未来のミライ』では教えてくれています。

 くんちゃんや未来ちゃんの気持ちを通して、自身の過去や未来に思いを馳せる人が一人でも多く居てくれたらなぁ、なんてことを映画の“ファン”としてささやかに思っております。

 ちなみに『おおかみこどもの雨と雪』のようなケモナー要素は用意されているので、そこの需要は抑えられているのかもしれません。
(Edit&Text/ネジムラ89)

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