「人の心とかないんか」と言ったのは、作中屈指のクズキャラとして知られる人物でした。その矛盾だらけの発言が、SNSで爆発的に広まるネットミームへと化けたのです。
マンガやアニメのセリフの中には、元の文脈を離れて独り歩きし、ネット上で何度も繰り返し使われるものがあります。それらに共通するのは、「強烈なインパクト」と「どんな場面にも当てはめやすい汎用性」です。
ここでは、そうした定番ミームとして定着した4つのセリフを、その誕生の背景とともに振り返ります。
◆打ち切り3ページの奇跡──「奴は四天王の中でも最弱…」
ネット上のテンプレとして長く愛されているこの一言は、増田こうすけ先生の『ギャグマンガ日和』に登場する劇中劇「ソードマスターヤマト」が出典です。
「ソードマスターヤマト」は担当者の誤植が原因で人気が急落し、なんとわずか3ページで最終回を迎えるという異例の事態になりました。すべての伏線を回収しなければならないため話は超高速で展開し、強敵のはずの四天王たちも「奴は四天王の中でも最弱…」と紹介された直後に次々と倒されてしまいます。
このシュールな展開はマンガ・アニメファンの間に深く刻み込まれ、「強敵登場→即死」という様式美を表すテンプレ表現として定着しました。『少年ジャンプ+』の『幼稚園WARS』でも四天王がこのセリフを発した直後に瞬殺される展開が描かれ、読者から「出てきた瞬間に察した」との反応が寄せられたほどです。
◆「おまえが言うな」とツッコミ殺到──『呪術廻戦』の「人の心とかないんか」
『呪術廻戦』で禪院直哉が発したこのセリフが爆発的に広まったのは、ひとえに「発言者の人格」にあります。
禪院真希が妹の死を経て覚醒し、禪院家の術師集団「炳」のメンバーを次々と倒していく場面で、「炳」筆頭の直哉が真希の前に立ちはだかります。そのとき彼が口にしたのが「人の心とかないんか」でした。状況だけを見れば的確な指摘ですが、問題はこの言葉を放った人物の素行です。
直哉は初登場時から暴言を言ったり、実の父の訃報にも笑みを浮かべたりと、作中屈指のクズキャラとして認識されています。その人物が「人の心とかないんか」と言ったのですから、読者から「おまえが言うな」とツッコミが殺到したのは必然でした。
さらにその後の展開で、このセリフはいわゆる「ブーメラン発言」として自分自身に返ってくる形になり、ミームとしての強度が増しました。好きな作品が容赦ない展開を迎えたときなど、「人の心が感じられない」と嘆きたい場面で幅広く使われています。
◆公式もネタに認定──『鬼滅の刃』の「判断が遅い」
『鬼滅の刃』で主人公・炭治郎の師匠である鱗滝左近次が放った「判断が遅い」は、短さゆえにかえって強烈な印象を残したセリフです。
初対面の炭治郎と鱗滝が出会ったのは、炭治郎が鬼と対峙する戦場でした。同情心から鬼にとどめを刺せない炭治郎を見た鱗滝は「思いやりが強すぎて決断できない」と判断します。夜が明け鬼が死滅した後、「妹が人を喰ったときお前はどうする」と問いかけ、即答できない炭治郎に平手打ちを食らわせながら言い放ちました。「判断が遅い」と。
覚悟の甘さを諭す名シーンですが、「天狗のお面をつけた老人が少年をビンタする」という絵面のインパクトが凄まじく、無数のコラ画像が生まれて拡散しました。原作未読の人にまで広まった結果、「主人公が天狗に殴られるマンガ」と誤解する人も現れるほどでした。
さらにテレビアニメ第2話の「大正コソコソ噂話」でも、鱗滝さんから夕食のメニューを選ぶよう迫られた炭治郎が即答できず「判断が遅い」と叱られるシーンが描かれており、公式がみずからネタとして取り込んだことでも話題になりました。
◆M-1のネタにも採用──「オレでなきゃ見逃しちゃうね」
『HUNTER×HUNTER』で生まれたこのセリフは、名もなきモブキャラが発したものです。幻影旅団の団長による神速の手刀を周囲の誰も認識できない中、カメラ越しに見ていたこの人物だけが捉えていました。
「おそろしく速い手刀 オレでなきゃ見逃しちゃうね」──そう心中でつぶやき、自ら戦いに向かった彼は、しかし戦闘シーンが描かれることもなく、団長の能力であっさりと命を落とします。強気な発言とあまりにあっけない末路のギャップが読者の笑いのツボを直撃し、「団長の手刀を見逃さなかった人」として語り継がれるようになりました。
普通なら気づかないことに気づいたときの定番フレーズとしてSNSで広く使われており、2022年のM-1グランプリでは真空ジェシカがネタの中にこのセリフを組み込んだことでも注目を集めました。
──流行したネットミームは元ネタを知らないまま使われることも珍しくありません。背景を調べてみると、モブキャラの一言だったり、クズキャラの自業自得な発言だったりと、意外な事実が見えてきます。その発見も含めて、ネットミームの面白さの一つかもしれません。
〈文/秋山緑〉
※サムネイル画像:Amazonより 『「鬼滅の刃」第4巻(出版社:集英社)』

