奇しくも台風が直撃するというニュースとぶつかる形で、8月30日から公開が始まった、山田尚子監督の新作アニメーション映画『きみの色』。中止となってしまった舞台挨拶に足を運ぼうとしていた人や悪天候でなければ週末に足を運ぼうとしていた人には残念なタイミングとなってしまいました。しかし、山田尚子監督の新作は実はもう一本ある!

 8月30日より各種映像配信サイトで『Garden of Remembrance』が配信されました。17分ほどの中編アニメーションなのですが、かなり“攻めた”内容だったのです。

◆難解? 『Garden of Remembrance』とはどんなアニメーションか?

『Garden of Remembrance』は、監督を山田尚子さんが務めるアニメーション作品です。山田尚子さんといえば監督作として『映画けいおん!』や映画『聲の形』、『リズと青い鳥』といった原作が存在する作品の長編作品を多く手がけてきましたが、今回はそれらとも大きく異なる企画となっています。

 今作では脚本を山田尚子監督自身が手がけ、音楽を担当しているシンガーソングライターのラブリーサマーちゃんと共同でキーワードを出し合い、山田監督がポエムを書き、そこからアニメーション、音楽を作り出していったという作品です。

 特殊な制作過程を経ただけあって、この作品にはセリフが一切登場しません。それどころか登場人物に何が起きたのか、そもそも登場人物たちはどういった関係なのか、は映像や歌詞などから汲み取っていく必要がある内容でした。

 制作工程の初期にポエムという段階があることに驚かされましたが、どこか抽象的なニュアンスが含まれた本作はその工程が強く反映された作品に思えます。

◆「ぼく」と「きみ」はどうやら死別している?

 映像内でこそ説明が語られることはないですが、公式サイトや事前に海外向けに実施された取材などで『Garden of Remembrance』を読み解くためのヒントが語られています。

 今作の登場人物はわずか3人。ひたすらモーニングルーティンが描かれていく「きみ」。「きみ」と同居していたことがのちに描かれる「ぼく」。そして登場する時間こそわずかながら意味深に登場する「おさななじみ」です。

 かつては「きみ」と一緒に住んでいた「ぼく」は今はいなくなっており、「きみ」は一人の生活を送っていたのですがふと「ぼく」のことを思い出したであろうことは、なんとなく分かるのではないでしょうか。

 本作は公式サイトのストーリーでも「“さよなら”を描く物語」と書かれている通り、「ぼく」と「きみ」がなんらかの理由で別れたことが伝わる内容となっています。しかもただの破局ではなく、“死別”だと歌詞などからも想像できます。

 実は『Garden of Remembrance』のプロモーションビデオでもはっきり「命が消えたらその思いはどこにいくのかな」と本作のテーマに踏み込んで書かれており、公表されているキャラクター原案設定資料でも、「きみ」や「おさななじみ」が20代として書かれている中、「ぼく」だけが10代後半で止まっていると書かれています。

 なんの変哲もない穏やかな「きみ」の日々が、後半で「ぼく」の存在がはっきり描かれることで喪失を描いた映像だったことに気づかされ、冒頭から度々現れる顔文字たちも、実はあの世から「きみ」を見ている「ぼく」の感情だったのではないかと想像させてくれます。

◆「おさななじみ」とは一体何者なんだ? 存在する意味は?

『Garden of Remembrance』が輪を掛けて特殊な作品に思わせるのは「ぼく」と「きみ」だけでなく、もう一人の「おさななじみ」という存在が登場する点です。

「ぼく」と「きみ」しか登場しなければ、二人のラブストーリーを描いた作品だったのですが、「おさななじみ」がいることでまた一つ違った視点が生まれています。

 作中では「おさななじみ」と「ぼく」の接点についてはっきりは描かれないのですが、「きみ」とすれ違うシーンなどを見るに、“「ぼく」の幼馴染”であると想像できます。

「ぼく」が好きだったという設定のアネモネの花を大切に飾っている様子からは「おさななじみ」は「ぼく」のことを想像しながらこの花を抱えていたんじゃないかと考えられます。

「おさななじみ」ともかつては恋人だったのか。はたまた幼馴染のまま「ぼく」に想いを伝えられずにいたのか。そもそも恋愛感情ではなく大切な友人だったのか。そういった「おさななじみ」のディテールこそ描かれない分、恋人という関係でなくとも死別した人を思った気持ちの存在もこの『Garden of Remembrance』では汲み取ってくれているといえます。

 抽象的な内容である分、明快に“分かる”アニメーションではないのですが、そもそもそういった見せ方をしている作品と考えられます。

 ここまで書いてきたような具体的には分からない余白があるからこそ、いろんな人の想像に合致していくアニメーションになっているといえます。自分にはこの作品がどう映るのかを感じながら観てみてはいかがでしょうか。ある意味で本作も“きみの色”が見えてくる作品かもしれません。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレターを配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

※サムネイル画像:YouTubeチャンネル『avex pictures』より


「Garden of Remembrance」公式サイト

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